12月に入った途端、日本国民は 街には色とりどりのイルミネーションがうるさいほどに瞬き、どこに行ってもBGMはジングルベル。 その状況を妙だと思わない人間の群れ。 名目上はクリスチャンである氷河も、それは呆れるばかりの転身ぶりだった。 「日本の神様は大変だな」 「え?」 「10月は全員揃って出雲に出張、 「ああ、そういうこと」 人間には滅多に同情しない氷河が、本気で八百万の神々に同情しているらしいことは わかったのだが、瞬は氷河の同情心を至極軽やかに受け流した。 「大丈夫だよ。日本の神様たちはみんな、ユダヤ−キリスト教の神様と違って寛大だし、一月にはみんな神社に初詣でにいくもの。それに、天照大神だって、ケーキは大好きなのに決まってるから」 他人の気持ちを勝手に決めつけるようなことは滅多にしない瞬が、今は本気で、天照大神はケーキ好きだと信じているようだった。 苦笑の形を作りかけた氷河の唇は、そのまま長い嘆息を洩らすことになったのである。 毎年この時期、瞬の機嫌は目に見えて上昇する。 その事実と理由を、氷河はわざわざ思い出そうとする必要もなかった。 瞬の両腕は、瞬の上機嫌の原因をしっかりと抱きかかえていたのだ。 すなわち、重ねた厚さが5センチになんなんとする、クリスマスケーキのパンフレットと予約票を。 瞬はこれから半月の間、幸せな迷路に迷い込む。 つまり、今年のクリスマスケーキをどの店のどのタイプのものにするかを、各ケーキ店のクリスマスケーキの予約締切日まで、あれやこれやと悩み続けるのだ。 「なぜおまえは毎年同じことで迷うんだ。気に入ったものを一つ決めて、それを毎年注文すればいいだけのことだろう」 「そんなの駄目」 モンブランとティラミスの違いもわかっていないような氷河の提案を、瞬は真顔で却下した。 ラウンジのテーブルにクリスマスケーキのパンフレットを並べる瞬の眼差しは、早くも真剣勝負の輝きを呈し始めている。 「クリスマスケーキって、毎年違うタイプのものが出るの。新しいお店だってできてるし、同じ店の同じ名前のケーキだって、去年と今年で味やデコレーションが同じとは限らないんだから。それに、今年はケーキは一つだけって沙織さんから厳命を受けちゃったから、なおさら厳選しなくちゃ。沙織さんて、意外に倹約家だよね。お金持ちって、みんなああなのかな」 「沙織さんからの指示は、そういう理由で出たことじゃないだろう」 思えば去年のクリスマス。 どうしてもクリスマスケーキを1つだけに絞ることができなかった瞬は、3つのケーキの予約を入れた。 定番のイチゴと生クリームのショートケーキタイプ、和栗がごろごろモンブランタイプ、そして、色とりどりのクリスマス特別仕様フルーツタルト。 それぞれの大きさは、一般に4〜7人用とされる、直径15センチの5号サイズ。 クリスマスイブには、その3つのケーキの周りに、各種オードブル、メインの七面鳥、サンドウィッチ、クリスマスクッキー、チョコレートフォンデュや各種フルーツ、各種飲み物がずらりと並べられることになったのである。 そのテーブルに着いたのは、『甘いものは瞬しか食わない』と公言している氷河、あんこたっぷりの桃饅頭より肉まんの紫龍、男は甘党であるべきではないと信じている一輝、そして、星矢と瞬。 自然の成り行きとして、延べ12〜21人分のクリスマスケーキのほとんどは星矢と瞬が食することになった。 実際2人は、たった2人でそれらのケーキをすべて食べ切ってしまったのである。 ケーキに関しては鋼鉄の胃袋を持っている瞬はケーキしか食べなかったので無問題だったのだが、問題は星矢だった。 星矢はケーキだけで満足する控えめな人間ではなかった――というより、星矢は、肉も野菜も穀類も満遍なく食する健康的な少年だった。 彼は、ケーキの他に七面鳥の丸焼きの半分以上を一人で食べ、その他の全ての料理を仲間たちの誰よりも多く食べてのけた。 最後には特別に用意させていた〆の蕎麦まで、その腹の中に収めてしまったのだから天晴れという他はない。 かくして、星矢は、その夜から丸2日間、胃腸薬も飲めないほどの苦しみにのたうちまわることになってしまったのである。 その翌年である今年、クリスマスケーキを1つだけに限定した沙織の判断は実に妥当なものだと、氷河は思っていた。 だが、瞬は、過去のことは振り返らない前向きな人間であるらしい。 昨年の惨状を忘れたかのごとく、瞳をきらきらと輝かせて、瞬は氷河に尋ねてきた。 「氷河、氷河は何がいい?」 「氷印乳業のアイクスリームケーキ」 どうせ食べるのは自分ではないし、ケーキ選択の決定権も自分にはない。 氷河がそう答えたのは、ただただ『どうでもいい』という正直な返答が瞬の上機嫌に水をさすことになるのを避けるためだった。 氷河の気配りは功を奏したらしい。 氷河の答えを聞いた瞬の夢見る瞳は、ますます その輝きを増すことになった。 「ああ、アイスクリームケーキもいいよね〜。ブッシュドノエルも今の時期じゃないと食べられないし、でもケーキにイチゴが載ってないのはちょっと寂しいし、やっぱりショートケーキタイプがいいかな〜」 「俺、今年は断然チョコレートケーキがいい!」 過去を振り返らないのは、星矢も瞬と同じらしい。 「スポンジがお飾り程度にココア色になってるようなやつじゃなくてさ、ザッハトルテみたいにチョコレートチョコレートした濃厚なやつ。ショートケーキタイプはさ、なーんか刺激が足りないんだよな」 去年あれほど刺激的なクリスマスを過ごしたことを、どう考えても星矢はすっかり忘れているようだった。 「たまにはバタークリームケーキもいいぞ」 無謀を絵に描いたとしか言いようのない仲間の発言に呆れたように、紫龍が彼の意見を口にする。 生クリームより くどさの勝るバタークリームケーキなら星矢も量を過ごすことはあるまいと考えた、それは彼なりの気配りだった。 |