ともあれ紫龍のその発言によって、城戸邸常駐のアテナの聖闘士たちの意見は出揃った。
あとは瞬の決定を待つばかり――と、瞬の仲間たちが考えた、まさにその時。
「冬場にアイスクリームケーキとは笑止! そもそも男がクリームこってりのケーキを嬉しそうに食している姿など、見苦しいこと この上ない。イエス・キリストはその生涯に一度もクリスマスケーキなんぞ食ったことはないと、俺は断言するぞ!」
何の前触れもなく突然その場に現われるなり、とんでもない大音声を室内に響かせたのは、言わずと知れた瞬の兄、非常勤聖闘士のフェニックス一輝その人だった。

当然のことながら、彼の仲間たちは、地から湧いて出たような彼の登場に驚くことになったのである。
兄の出現に動じていないのは瞬だけだったのだが、それも道理。
愛しのケーキの可憐な姿以上に衝撃的なものも魅惑的なものも、この世には存在していなかったのだ――今の瞬にとっては。
フェニックス一輝の弟は、突如その場に兄が湧いて出たことに かけらほども驚いた様子を見せず、まるで10年も前からそこに置かれていた観葉植物に話しかけるように自然に、兄に問いかけた。

「あ、兄さん。兄さんもケーキにはイチゴが載ってないと嫌ですよねえ?」
「おまえは兄の話を聞いとらんのかーっ !? 」
「ケーキ(の写真)の前にいる瞬に何を言っても無駄だ」
室内に怒声を響かせた一輝に、氷河が、いつになく棘のない口調で忠告する。
氷河のその言葉を聞いた一輝は、少しばかり――否、大いに機嫌を損ねることになった。
決して、最愛の弟に ケーキより格下の扱いをされたからではない。
その件に関しては、氷河同様、既に一輝も諦め切っていたのだ。

もともと瞬は甘いものが好きだった。
その瞬が、悲しい運命に翻弄され、砂糖の『さ』の字もないアンドロメダ島で数年間を過ごすことになったのである。
瞬がこんなふうな人間になってしまっても、それは瞬には罪のないこと、病的にケーキに傾倒する弟に、一輝はむしろ憐憫さえ覚えていた。
瞬は、一輝がこの世に存在することを許す ただ一人の甘党の男子だったのである。
一輝が機嫌を損ねたのは、ゆえに、瞬当人のせいではなかった。
最愛の弟に関することで、瞬の兄である自分が他人の忠告を受けることになった事実に、彼は機嫌を損ねたのである。
その相手が よりにもよって氷河で、その声音には明白に『同病相憐れむ』の色が含まれているのだから、一輝が白鳥座の聖闘士の的確な忠告にむっとすることになっても、それは致し方のないことだったろう。

ともかく一輝は、氷河の忠告をいとも優雅に無視し、最愛の弟の方へと向き直った。
そして、彼の意見を彼の最愛の弟に告げた。
「日本人なら、クリスマスには紅白饅頭だ。決まっている」
ほとんどふざけているとしか思えない兄の言葉を聞かされても、瞬は眉ひとつ動かさなかった――怒りもしなければ、笑いもしなかった。
ケーキのことでふざけた意見を言う者などいるはずがないと、瞬は信じているのだ。

「紅白饅頭はないけど、こういうのならありますよ」
極めて真面目な顔をして、瞬が一枚のパンフレットを兄に差し出す。
そこには、ピラミッドのように積み重ねられた幾つものイチゴ大福とマシュマロ大福に たっぷりとチョコレートのコーティングが為された、得体の知れないものの姿が映っていた。
その写真を一目見ただけで、一輝が喉を詰まらせる。

「大福で作ったプロフィットロールとでも言うのかな。兄さん、奇抜なのが好きなんですね」
一輝はもちろん、そんなものを『好きだ』などとは一言も言っていない。
そしてもちろん、瞬にはそんな事実はどうでもいいことだった。
「えーと、氷河がアイスクリームケーキで、星矢がチョコレートケーキ、紫龍がバタークリームケーキで、兄さんが大福ケーキ。そして、僕がショートケーキタイプ……か」

候補に挙がらなかったタルト系やチーズケーキ系のもののパンフレットを脇によけてから、意見の出尽くした会議場を、瞬は一渡り見回した。
「まずケーキのタイプを決めてから、店の選定に入りましょう。意見が分かれてますけど、どうやって採決します?」
「どう――と言われても……」
瞬に問われた瞬の仲間たちが、互いに目配せを交わし合いながら口ごもる。

ケーキのことで瞬に意見できる者など、この城戸邸には ただの一人も存在しない。
せいぜい星矢が、時に瞬の決定に不満の意を示すことがあるくらいのものだった。
しかし、星矢のそれも、瞬の意思の前には ほぼ無力にして ほぼ無効。
城戸邸のクリスマスの主役は、イエス・キリストやサンタクロースではなく、ましてや2人きりでツリーを見詰め 肩を寄せ合う恋人同士でもなく、瞬と瞬に選ばれたクリスマスケーキなのだ。
――去年までは、そうだった。






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