しかし、彼等の予想を裏切って、次に脱落したのは氷河ではなく瞬の兄の方だった。 「なんで、おまえなんだよ !? 」 お徳用ポテトチップスの大袋を小脇に抱えた星矢は、ほとんど責めるような口調で一輝を問い質すことになったのである。 その隣りでは、殻なしヒマワリの種をついばむ紫龍が、驚きの色を隠しもせず、検査室の床にがっくりと両膝をついた一輝の姿を見おろしていた。 「氷河の策に はまった……」 答える一輝の声には、無念の色がにじんでいた。 その苦渋の様からして、一輝のリタイアは決して余力を残したものではなく、限界ぎりぎりまで耐え抜いた末のリタイアなのだということが、彼の仲間たちにはわかったのである。 一輝の言によると、氷河は、紫龍や星矢がいる間は一応仲間たちへの配慮というものをしていたらしい。 しかし、邪魔者が瞬の兄ひとりになると、彼はその配慮を忘れた――故意に忘れることを始めたらしかった。 かくして一輝は、わざと声が聞こえるところで瞬とコトに及ぶ氷河に、汚れなき最愛の弟の悩ましい喘ぎ声を聞かされるという試練を見舞わされることになってしまったのである。 『あ……駄目だよ、氷河、こんなところで。兄さんに聞こえちゃう……!』 と抗う瞬に、 『聞かせてやればいい』 というお約束のセリフを吐いてのける氷河に、一輝は怒髪天を衝くことになった。 その上、城戸邸の完璧な防音設備に慣れきった瞬は、こういう場合の声の抑え方を覚えないまま、ここまできてしまったらしい。 『我慢せずに、もっと声を出せ』 と言われるたびに、瞬は素直に氷河の言うことをきいてしまうのだ。 そうすることで氷河が喜ぶのなら――という考えが、瞬の内にはあるらしかった。 清らかな弟の なまめかしい喘ぎ声と、荒くなっていく息遣い、幾度も繰り返される氷河の名、あげくに イく時の絶叫じみた声までを聞かされる羽目になってしまっては、一輝は到底冷静ではいられなかった。 それが朝となく昼となく夜となく2日間。 一輝の忍耐にも限度というものはあったのである。 「実の兄といえど、俺は瞬の男の趣味(の悪さ)にまでは口出しできん。しかし、あれ以上はどうしても耐えられなかった……」 清らかな最愛の弟をよがらせまくる男への怒りに任せて、島全体を鳳凰の翼で吹き飛ばしてしまいかねない状態になっている自分自身に気付いた一輝は、その怒りの爆発に弟の命までを巻き込むことを恐れ、涙を呑んでこの過酷な闘いをリタイアする決意をしたのだそうだった。 「氷河の奴、こんな時にもやってたんだ……」 星矢は呆れ果て、 「考えたな……。一輝、おまえの弟が惚れている相手は、性格は最悪だが、頭だけはいいようだぞ」 紫龍は、慰めにもならない慰めを口にし、 「一輝はかなり精神状態が不安定になっているようね。薬にはトランキライザーも混ぜた方がいいかしら」 沙織は、どこまでもクール。 傷心の一輝の繊細な心が、彼等によって癒されることは、残念ながら なかった。 そして、その場に居合わせた誰もが、多少の番狂わせはあったにしても、この勝負の最終的な勝者は瞬になるだろう――と確信することになったのである。 |