しかし、アテナの聖闘士たちによるクリスマスケーキ争奪サバイバル実験・最大の番狂わせは、一輝が氷河に敗れたことではなかったのである。
一輝リタイアから2日後、クリスマスケーキを賭けた命懸けの闘いから脱落したのは、氷河ではなく、なんと瞬の方だったのだ。

四六時中氷河の相手をさせられても絶好調を保っていた瞬の身体。
その瞬が、一日一回の検査のためにやってきた検査室での検査中、僅か40CCの血液を取られただけのことで貧血を起こし、その場で意識を失ってしまったのである。
それとほぼ前後して、本土にいる沙織からサバイバル実験中止命令が島に届く。
数時間後に急遽島に駆けつけた沙織の乗ってきたジェットヘリに乗せられた意識不明の瞬は、同乗した仲間たちと共に、そのまま東京のグラード総合病院の特別室に極秘裏に運び込まれることになったのだった。


「つまり……あなたたちに与えられていた薬には、ある栄養素が足りていないことがわかったのよ。製剤設計の時点ではミスはなかったのだけど、製作工程上でミスがあって――」
いったいこれはどういうことなのだと氷河に詰め寄られた沙織が、申し訳なさそうに、この事態に至った経緯を説明する。
本気で沙織に腹を立てているらしい氷河を落ち着かせるために、紫龍は努めて平静を装い、彼等の女神に尋ねた。
「ある栄養素とは何です?」

「ある種のたんぱく質を構成するための一成分なんだけど、普通の人間なら、その摂取が途絶えた時から5日もすれば体調を崩すほど重要なものなの。半月で血管壁の生成ができなくなって、最悪の場合――」
「血管壁の生成ができなくなると、血栓の増加を招いて、心筋梗塞で死亡する場合もありえますね」
さすがに言いよどんだ沙織の言葉の続きを、紫龍が引き継ぐ。
これには、血の気が多さで売っている瞬の兄までが、頬から血の気を失うことになった。
沙織が慌てて、瞬の身内に検査の結果を告げる。
「もちろん、瞬の命に別状はありませんでした。大丈夫よ」

「当たりまえだぜ! 瞬がやりすぎで死にそうになるならともかく、ほんとに死んでたまるかよ!」
星矢の極めて不愉快なたとえ話が、一輝の頬に血の気を運んでくる。
通常モードに戻った鳳凰座の聖闘士の顔を確かめてから、星矢はやっと自分自身を安堵させる作業にとりかかったのだった。

「でもさ、早々にリタイアした俺たちはともかく、同じ錠剤飲んでたのに、なんで氷河は平気なんだ? つーか、じゃあ、俺たちの中で氷河がいちばん強いってことになるのかあ !? 」
氷河の性格が悪いことと氷河がずる賢いことは認めるにしても、星矢はそれだけは納得できなかった。


――瞬の体調は、不足した栄養分を点滴で体内に供給することで、1時間後には回復した。
その後、グラード総合病院の医師たちは、普通の人間らしい反応を示して倒れた瞬ではなく、問題の薬の摂取で体調を崩すことのなかった氷河の身体の方を念入りに検査し出したのである。
だが、彼等がその検査で得られた結論は、『白鳥座の聖闘士の肉体には何一つ異常がない』という異常な事実だけだった。

「医師たちは、氷河はまるで、そのたんぱく質を自分の体内で作ることのできる特異体質の持ち主なのだとしか思えないと言っていたわ」
氷河の勝利の謎は解けないまま、クリスマスケーキ争奪戦サバイバル実験は、かくして 一応の決着を見たのである。






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