聖闘士が、やはり聖闘士である恋人を初めてデートに誘うのに最も適した場所はどこだろうと考えて、氷河が“空”を思いついたのは、決して彼が馬鹿だからでも煙だからでもなかった。 むしろ彼は、考えに考え抜いた結果として、その場所を選んだのである。 映画館では映画の上映中 瞬の姿を見ていられないし、瞬も視線をスクリーンに釘付けにして、その恋人の存在を気にかけてくれないだろう。 それは、美術館、博物館、水族館の類も同様である。 かといって、テーマパークという名の遊園地に出掛けて行き、絶叫マシンに乗ったところで、聖闘士同士の恋人たちが本物のバトル以上のスリルを味わえるわけもない。 何より氷河は、瞬との初めてのデートを、そんなありきたりなもので済ませたくなかった。 氷河は、ありきたりではなく印象的で、ムードがあり、スリルがあり、できれば他人に邪魔されることなく二人きりで時間を過ごすことのできるデートコースを求めていたのである。 考えあぐねた彼が、最後に思いついたのが、セスナでの夜間飛行だったのだ。 その際、セスナの操縦を免許取りたての自分が勤めれば、甘いムードと同時に、スリルも味わうことができて一石二鳥――などと調子のいいことを考えたのが、氷河の不幸の始まりだった。 彼の年齢で、かつ、ごく短期間でプライベートパイロットライセンスを取得できる某国にて首尾よく飛行機免許を取得すると、グラード財団所有のセスナ機とポートの使用の許可を財団総帥に取りつけ、氷河は早速デートコースの下調べに入った。 その下調べ初日、国内初飛行に挑んだ氷河のセスナ機は見事に計器トラブルを起こし、彼と彼の操縦するセスナ機は某所への不時着を余儀なくされてしまったのである。 関東上空を飛んでいた氷河のセスナ機は、当然、関東周辺のとある平地に不時着した。――はずだった。 舌打ちをしながらセスナ機を飛び降りた氷河の目の前にあったものは、だが、決してそこにあるはずのないものだったのである。 似たような光景を、彼は見慣れていた。 一見同じ色が続き、変化が少なく、単調でありながら、人間が命を維持するには ひどく不向きで危険さえ伴う場所。 一人きりで長くその中にとどまっていると、世界の変化のなさのために、あるいは、その変化の微妙さのために、気が狂ってしまいそうになる危うい光景。 動きを止めたセスナ機から飛び降りた氷河の足を受けとめたものは、手応え(足応え?)がないにも関わらず、非常に流動的なもの――すなわち、砂だった(シャレではない)。 そして、その眼前に広がったものは、地平線が見えるほどの広い砂地だったのである。 氷河は、目の前に広がる砂漠に絶句し、そして仰天した。 「氷原ならともかく、砂漠ーっ !? 」 これは、実に全く どう考えても、ありえない事態である。 驚天動地の衝撃から 僅かばかり立ち直った氷河は、震える手でパイロットスーツの胸ポケットに入れていた携帯電話を取り出した。 彼は、とにかく、電話の通じる世界に――瞬が生きて存在している世界に――自分がいることを確認したかったのである。 だが、『地球全体を完全カバー』がキャッチコピーの衛星携帯電話は、どこも壊れている様子はないのに、全く反応を示さなかった。 瞬のケータイも、城戸邸の固定電話も、六大陸すべてにあるグラード財団管理の安否確認機関の拠点のどこもが無反応。 携帯電話だけでなく、セスナ据え付けの無線も全く反応を示さない。 いったい自分はどこにいるのかと当惑しながら、氷河はセスナの計器類を手当たり次第に操作してみたのだが、それらの機械はどれもまともに作動してくれなかった。 氷河は海上に出ていたわけではなく、領空侵犯を犯して警告・撃墜されるほどの遠出をしていたわけでもない。 当然、ここは日本国内であるはずだった。 何かの手違いで、この国に存在する最も広い 決して、断じて、絶対に、ここが砂漠であるはずはない。 となれば、ここは、歩いて人の住む町に辿り着けるはずの場所である。 ゆえに、氷河は、そんな奇々怪々の状況下にあっても、さほどの危機感を感じてはいなかった――少なくとも感じる必要はないと、必死に自分自身に言い聞かせた。 ――のだが。 |