「おはよう、星矢、紫龍」 秋が終わろうとしている。 一般的には、朝の起床時、ベッドの温もりを放棄したがらない者が多出し始める季節。 氷河のように年がら年中 朝ベッドを出るのを渋るような男もいるが、瞬はそんな氷河とは逆に、春夏秋冬ベッドへの未練を抱かないタイプの人間だった。 その瞬が毎日星矢や紫龍に遅れをとった形でダイニングルームに姿を現わすのは、もちろん、四季を通じてベッドへの執着が強い氷河のせいである。 毎朝氷河が自分の悪癖に瞬を付き合わせようとするせい、だった。 いつまでもベッドにいようとする氷河の手を懸命に振りほどき、更に彼をベッドの外に引き出すのに四苦八苦する瞬の毎朝の恒例イベント。 そのイベント後に仲間たちの前に姿を現わす瞬と氷河は、いつも対照的な表情をしていた。 すなわち、瞬は朝の一仕事を終えた者のすっきりした顔を。氷河は なおベッドに未練を残す者の冴えない顔を。 「おまえ、なんで毎朝、そんなに爽やかな顔してんだよ。俺、今朝なんか、愛しのお布団ちゃんと別れるのがつらくてつらくて悶絶しまくってたっていうのに」 星矢も基本的には、瞬同様 寝覚めのいい方なのだが、この季節だけは別である。 氷河を起床させるという今日の大仕事を無事に終えた充実感に満ちている瞬の表情を見て、星矢は今朝の起床時のつらさを思い出してしまったらしい。 瞬の爽やかさに逆に疲れをもらってしまったような目をして、彼は瞬に尋ねてきた。 瞬が、怪訝そうに首をかしげる。 「星矢こそどうして? 「そういう問題じゃねーの。四季の移り変わりに風情を感じる日本人なら誰だって、冬は布団の温もりを恋しく感じるもんなんだよ」 もっともらしい理由を口にしてから、星矢は、瞬のすぐ後ろに立っている金髪の男にちらりと視線を投げた。 「どっかの誰かみたいに、年中 真冬モードでぐずぐずしてる男もいるけどさ」 寝起きの氷河には、星矢の皮肉も通じない。 そもそも氷河には仲間たちの声が聞こえているのかどうか。 その判断もつきかねるほど、彼は星矢の皮肉に反応らしい反応を示さなかった。 代わりに瞬が、星矢に頷く。 「うん、ほんと。氷河の寝起きの悪さはどうにかしてほしいよね。僕が毎朝いくら起きてって言っても、ちっとも起きようとしてくれなくて」 「おまえが朝の騒動を本気で回避したいのなら、なぜ氷河が毎朝ベッドでぐずついてるのか、その原因を究明して、その上で策を講じなければならないだろう」 紫龍が口にしたのは、問題解決のための ごく一般的かつ超基本的な対処方法だったのだが、それは自分の朝の苦労を回避する方策にはなり得ない――と、瞬は思った。 氷河の朝のぐずつきの原因を、瞬は解決しようのないことと最初から諦めていたのである。 「原因? 低血圧なんでしょ」 「低血圧な人間が アテナの聖闘士なんて商売してられるかよ……」 頓珍漢な瞬の答えに、星矢が呆れたように肩をすくめる。 「黄金聖闘士たちを見てみろよ。いつも血圧最高値で、脳の血管がぶち切れないのが不思議な奴ばっかだろ」 黄金聖闘士たちがそうなのだから他の聖闘士たちもそうに決まっている――という星矢の考えは、もちろん間違っている。 むしろ、聖闘士などという職業従事者には、高血圧は低血圧より はるかに危険な病だった。 「おまえは本当に氷河が毎朝 潔くベッドを出ようとしない訳がわかっていないのか」 ここで血圧談義を始めるつもりのなかった紫龍が、軌道修正を兼ねつつ、瞬に尋ねる。 朝 寝覚めの悪い人間に 低血圧以外の原因などあるはずがないと信じ込んでいる瞬は、紫龍の問いかけにきょとんとすることになった。 星矢が、その様子を見て溜め息をつく。 血圧の高低がこの場合の問題でも原因でもないことくらいは、彼も承知していたのだ。 「氷河。おまえ、なんで、瞬みたいに色気不足なのと そういう仲になろうと思ったわけ?」 目だけはしっかり開いているが、本当に目覚めているのかどうかすら怪しい無反応・無表情の氷河に、星矢は、無意味・無駄を承知で一応尋ねてみた。 無論、星矢には、その理由はわかっているのである。 氷河が瞬に執着するのは、色気不足を補って余りある美点を瞬が有しているからなのだということは。 「色気不足? 僕が?」 が、肝心の瞬は、自分の色気不足の自覚すらない。 星矢と紫龍は、今度こそ本気で呆れた顔になった。 「キヨラカな瞬はさ、それはそれで可愛いとは思うし、おまえが惚れるわけもわかんないわけじゃないけど、いつまでもキヨラカなままじゃ、おまえも張り合いないんじゃねーの? つまんなくないのか?」 確実に目覚めていることがわかっていても、瞬では話にならない。 星矢は、あくまでも氷河に、彼の疑念を投げかけた。 仲間に無視される形になった瞬が、少し困惑したような目をして星矢と氷河を交互に見やる。 気の短い星矢は、即答してこない氷河との会話も早々に諦め、放棄した。 そして、唯一まともな会話を成り立たせることのできる相手――紫龍――に向き直る。 「大人になったら、この瞬でも もう少し色っぽくなったりするのかな」 「あまり期待はできそうにないな。清潔清純が 瞬の売りでもあることだし」 「なら、いっそキヨラカなお友だち同士に戻った方が、この二人は今よりいい関係を築けるんじゃねーの?」 「それは無理だろう。氷河は清純じゃないんだから」 「あわよくば寝覚めの一発をやらかそうと目論む男に、それは無理な相談かー」 地上の平和と人類の安寧を守るために戦う正義の士の 朝の団欒がどんどん下方に向いていく。 それまでひたすら沈黙を保っていた氷河は、その段になって やっと口を開いた。 「瞬は今のままでいい」 氷河の口調からは、全く感情が読み取れない。 それは はたして積極的な肯定なのか、消極的な諦観なのか。 氷河の真意を読み取れないことが、瞬を不安にした。 |