「沙織さんって、色気ってのをどういうもんだと思ってるんだ? ナマ脚さらせば色っぽくなるとでも思ってんのか?」
瞬のその姿を見た星矢が 開口一番に訴えたものは、沙織の辞書に載っている『色気』の意味に対する疑念だったのだが、紫龍の感想は 星矢のそれとは微妙に違っていた。
「瞬はもともと瞳が大きくて幼く見える顔をしていたから、体型が子供の寸胴体型になっただけで、印象はさほど変わらない――はずなんだが、なぜか前より色っぽくなっているような気がするな」

「そうかぁ?」
瞬の背丈の伸縮率にばかり気を取られていた星矢が、改めてじっくりと瞬を観察する。
きっちり2分間の熱心な観察の後、星矢は、
「確かに色っぽくなってる」
という彼の結論を提示してきた。

いったいなぜこんなことになってしまったのか――我が身に降りかかった災難に途方に暮れ、所在なげに佇む瞬の姿は、頼りなげで心細げだった。
仕草は幼い子供のそれになっているというのに、10年幼くなった瞬は、確かに10年後の瞬よりも妖しい雰囲気を全身にたたえていたのだ。
星矢と紫龍の目には、そう映った。

「僕、こんな……」
だが、たとえ望み通りに自分に色気が備わったとのだとしても、瞬にはこの変化は受け入れ難いものだったのである。
「やだやだ、こんなの! 氷河、助けてっ!」
瞳に涙をにじませた瞬が、氷河に飛びつき、その腰に抱きつく。
今の瞬の背丈からすると、それは至って自然な位置関係だったのだが、腹に瞬の頬を押しつけられた氷河は、なぜかひどく慌てることになった。
子供の瞬に色気があるかどうかという問題以前に――氷河は、瞬に人前で抱きつかれるという経験自体、これが初めてだったのである。
瞬の瞬らしからぬ大胆な(?)行動に、氷河は驚き、戸惑った。

だが、彼を最も驚かせ戸惑わせたことは、やはり、10歳幼くなってしまった瞬に、確かに妙な色気があること――色気があると自分が感じてしまったことだったのである。
「やだやだ、僕、こんなのいや」
滑舌も幼く 少し舌足らずな口調で自分にすがってくる瞬を、まさか突き放してしまうわけにもいかず、その背に手を添えながら、氷河は自分の内に生まれた危険な感情を振り払うべく懸命に これ努めた。
とはいえ、今このシチュエーションで彼にできることは非常に限られていて――結局氷河は、
「沙織さんは、俺を小児趣味のヘンタイにしたいのかーっ !! 」
と大声で雄叫ぶことしかできなかったのであるが。

ラウンジに響き渡った氷河の咆哮に、瞬が怯えたような素振りを見せる。
氷河の大声にびくりと全身を震わせた瞬の瞳には、幼い涙がにじみ始めていた。
「氷河、そんなにおっきな声で怒鳴らないで」
瞬は、言葉使いも子供のそれになっている。
氷河の腰にまわしていた腕を解くと、その手でごしごしと涙を拭い、こころもち顔を後ろに反らして、瞬は氷河を文字通り見上げた。
その、いかにも子供子供した仕草が、妙に可愛い。
そして、(あくまでも相対的評価ではあるが)6歳の瞬は、どう見ても16歳の瞬よりも確実に色気を増していた。

「いや、俺はおまえを怒鳴ったわけでは……」
「僕、色っぽくない?」
「いや、その、色っぽくないわけでもないが」
悪夢のようであるが、それは事実だった。
この事態に慌てて、つい本音を口にしてから、氷河は、わずか6歳の小児を色っぽいと感じている自分を自覚し、地の果てまで落ち込むことになってしまったのである。

相手は、恋愛感情というものを知っているのかどうかさえ怪しい幼い子供。
もちろんセックスなどできるわけがない。
そんなものに色気を感じるとしたら、それはどう考えても、感じる人間の方が間違っている――その感覚は異常なものなのだ。
この場合は小児性愛ペドフィリアと呼ばれる変態性欲と言っていいだろう。
自分の内にそんな性的嗜好が存在することを自覚した氷河の衝撃と落ち込みは、尋常のものではなかった。






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