可愛い可愛いと、何人の“ママさん”たちに話しかけられたことか。
思い出すだけで、氷河の疲労感は倍増しになった。

遠巻きに眺められることには慣れていたが、氷河は、そういう人間たちに声を掛けられた経験は これまでほとんどなかった。
たとえその傍らに優しげな表情をたたえた瞬がついていても、不機嫌そうな目をしている氷河に気安く声をかけられるだけの度胸を持つ者は、これまでは そうはいなかったのだ。
それが、子連れになった途端、周囲の者たちが氷河の目付きの悪さに感じる危険度は9割方――あるいは完全に――消滅してしまったらしい。
それどころか氷河に親しみを感じる“ママさん”たちが多出。
そういう者たちのあしらいに慣れていなかった氷河は、6歳の瞬の相手より彼女等の相手のせいで、体力はともかく気力を、はなはだしく消耗していた。

広いテーマパークの中を興奮して走り回っていた瞬も、さすがに疲れたらしい。
夕刻、城戸邸の最寄り駅に降り立った時、瞬は既に眠たげな顔になっていた。
当然のことながら、瞬は体力も6歳の子供のそれになっているらしい。
「おまえは楽しかった――のか?」
「うん。氷河、おんぶ」
「なんだとぉ !? 」
「抱っこでもいいけど……」

そういう問題ではない――そういう問題ではなかった。
氷河が憤りを含んだ驚きを感じることになったのは、瞬自身が疲れているにしても、瞬が――仮にも瞬の名を冠する者が――、彼の同行者の疲労を思い遣りもせず、それどころか更に疲れさせるようなことを、当然のような顔をして要求してきたことのせいだった。

確かに、“この瞬”は氷河の知っている瞬ではないと思う。
この瞬は、本当に非力な子供なのだ。
非力で――非力ゆえに自分は守られるべき存在なのだと信じている子供――。
そんな子供に、大人が勝てるわけがない。

氷河は瞬の腰を片手で掴みあげ、ジャケットでも着るように その身体を自分の背中に乗せようとした。
瞬が、その動きに逆らって、氷河の首に両腕をまわしてくる。
「抱っこのがいい」
「……ぐ」
子供相手に大人が逆らおうとしても、それは無駄な抵抗というものなのだ。
「――わかった」
大人にしがみついてくる子供を右の腕に座らせて、結局氷河は瞬に降参の白旗をあげたのである。

「うふ」
勝利を手にした瞬は、安堵したような息を洩らして、氷河の首筋に頬を押し当ててきた。
「……」
瞬は、いわゆる“大人”になってからも、奇跡のように子供のままの肌のなめらかさと やわらかさを維持していた。
その瞬と同じ肌の感触が、氷河の首と頬に伝わってくる。
6歳の瞬は、大抵の子供がそうであるように16歳の瞬より少し体温が高い。
それはちょうど16歳の瞬が氷河の愛撫に反応し始めた時の体温と同じほどの温かさで――氷河の胸を妙に騒がせることになった。

それだけならまだしも。
あろうことか6歳の瞬は、氷河の愛撫に酔い始めた時に必ず16歳の瞬が口にする言葉を、無邪気に氷河の耳許に囁いてきた。
「氷河、大好き……」
(俺はヘンタイにも犯罪者にもなりたくないー !! )
氷河がその叫びを声に出さずに叫ぶことができたのは、彼が大人だったから――というより、彼の喉がからからに干上がっていたからだった。






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