翌朝、氷河は、見事に寝不足の面体を仲間たちの前にさらすことになった。
「おまえ、まさか本当に犯罪者になったんじゃないだろうな?」
13歳未満の少年・少女を相手にした性行為が性虐待・強姦罪になるのは、そういった子供たちが、性的合意年齢に達していないと見なされているからである。
肉体的な問題もあるだろうが、それ以上にそれは精神面での問題なのだ。
現在の瞬が“13歳未満の少年少女”に該当するのかどうかという疑問はあるにしても。

紫龍が本気で心配そうな顔をしているのが癇に障ったが、ここは、彼の不信に対する不快感を示すよりも、彼の疑惑を晴らすことの方が優先されるべき場面である。
「我慢した」
昨夜 自分を抑えるために気力体力を使い果たした氷河は、自身の苦悩を長々と訴える気にもならず、結果だけを短く報告した。
途端に星矢が、やたらと大きな声で氷河に非難を浴びせてくる。

「我慢しなきゃならない状態になったのかよ!」
同じだけのハイテンションで星矢に反駁できるだけの力は、既に氷河には残っていなかった。
彼は、抑揚のない疲れた口調で自分を弁護した。
「いつもより色っぽくて馴れ馴れしい瞬が、無邪気に俺を大好きだと言いながら、裸で抱きついてくるんだぞ。俺は16歳の瞬にも、あんなことを正面から言われたことはない。俺は――」

「まあ、笑い事ではないな」
疲労困憊している氷河に、紫龍がさすがに同情の目を向けてくる。
短い吐息で仲間の同情を受けとめながら、氷河はふと瞬の兄の存在を思い出したのである。
「一輝はなぜ平気だったんだ……」
6歳の瞬を誰よりもよく知っているあの男は、(それに比例して一輝自身も幼かったにしても)あの瞬と四六時中一緒にいて何も感じなかったのだろうか。
今この場にいても、一輝はおそらく平気の平左で6歳の瞬を可愛い弟扱いできるに違いないと確信できることが、氷河の胸中に自己嫌悪の念を生じさせた。
これまでは目の仇でしかなかった瞬の兄を、心底から偉大だと思う。
一輝はとにもかくにも、いつも瞬の側に 尊敬される兄として存在し続けるという偉業を成し遂げた男なのだ。

「俺も平気だけど」
瞬の兄を尊敬する氷河は、星矢のその言い草は綺麗に無視した。
星矢は、6歳の子供の色香に迷うヘンタイはおまえだけだと言いたいだけなのだ。
まともに相手をする気にもなれない。
氷河のその態度に、星矢が少し機嫌を損ねた顔になる。
それから彼は、氷河を挑発するような口振りで、その事実を犯罪者一歩手前の男に知らせてきた。

「夕べさ、おまえらが部屋に引っ込んですぐ、珍しく一輝から電話があったんだ。瞬に変わりはないかって」
「さすがは不死鳥の聖闘士、最愛の弟の異変はどこにいてもわかるらしい」
星矢の言葉を受けて、感心しつつ呆れたような響きの呟きを洩らしてから、紫龍は、
「とはいえ、俺は、今 奴がどこにいるのかも知らないが」
と、どうでもいい補足説明をつけたした。

「一輝が来ると ますますややこしいことになりそうだから、瞬がガキになったことは言わずに、瞬が色気不足で悩んでるってことだけ話したんだよ。そしたら一輝は、『瞬を色っぽくしたかったら、氷河が大人になるしかない』とか言ってた」
「どういう意味だ」
「さあ。あいつ、おまえと瞬に関することでは不親切の極みだから、聞き返しても説明してくれなかった」

星矢の報告に、氷河が盛大な舌打ちをする。
こういう時にこそ瞬の兄の意見を参考にしたいのに、肝心な時にあの男はいないのだ。
いれば鬱陶しく、必要な時にはいない役立たず。
過去の一輝を偉大と思う気持ちに変わりはなかったが、今 彼が瞬の側にいない理由に思いを至らせると、その気持ちも失せていくというものである。
一輝が今 瞬の側にいないのは、まさしく彼が瞬に尊敬される兄であり続けるためであるに違いなかった。
瞬の側にいては、彼はそういうものであり得ないということなのである。

ともかく現に一輝はここにおらず、いても彼に協力的な態度を期待することはできない――というのは厳然たる事実である。
一輝に頼ることはできない。
となると、やはり彼女に泣きつくしかないのか――と、恨めしさと共に その姿を想起した時、まるで登場のタイミングを見計らってでもいたかのようにラウンジに姿を現わしたのは、今回の騒ぎの元凶である女神アテナその人だった。

あからさまに不快の念を態度に出すわけにもいかず奇妙に顔を歪ませた氷河に、ちらりと一瞥をくれてから、彼女は、無責任な笑顔で笑えない冗談を口にした。
「それで? 氷河は犯罪者になってしまったの?」
――と。






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