その日の夕刻にはもう、瞬はすっかり元の瞬に戻っていた。
姿だけでなく、おそらくは、その心も。
二人の隠れ家を出て 再び仲間たちの前に姿を現わした瞬はもう、6歳の非力な子供の色香も、氷河の前でだけ見せる気弱さも たたえてはいなかった。

一度緩めた糸を再びぴんと張り詰めさせることを、瞬は したらしい。
瞬を知らない者なら、隙のない近寄り難さを感じて、いくらその様子を可愛いと感じても、もはや気安く声をかけることはできない――。
瞬は、そういう瞬に戻っていた。

「なのになんか、ガキになる前の瞬より、色っぽいんだよな」
しかし、すべてが元通りというわけでもない。
あることを経験した人間が、そのことによって何の変化も生まなかったとしたら、それはその経験自体が全く無意味だったことになり、また、その経験をした人間に学習能力が備わっていないことにもなる。
瞬はもちろん、その力を有した人間だった。

「今のままの自分でいいと氷河に言われて、自信を持てるようになったんだろう。瞬の新たなる色気は、つまり余裕の現われだな」
「色気って、いろんな要因で育まれるもんなんだなー」
しみじみした思いで そう呟いてから、星矢は氷河の方に視線を転じた。

16歳の瞬に甘えられる快感は、6歳の瞬に甘えられ戸惑う快感より数百倍 強力なものだったらしい。
かろうじて犯罪者にならずに済んだ男は、彼の瞬を見やりながら、瞬の変化に気付いた様子もなくやにさがって、ラウンジの肘掛け椅子に腰をおろしていた。
星矢が、その間の抜けた仲間に、親切心からささやかな忠告を垂れる。

「あんまり余裕ぶっこいてると、ろくなことになんねーぞ。瞬の奴、俺たちにもわかるくらい色っぽくなってる」
「なに?」
星矢の指摘を受けて、氷河は初めてその事実に気付いたらしい。
見れば、瞬の全身からは、確かに色気としか表現しにくいものがにじみ出ている。
「瞬ーっ!」
氷河は真っ青になって掛けていた椅子から飛び上がり、彼の瞬の許に駆け寄っていった。

「瞬! おまえは今のまま――いや、俺以外の奴の前では色気皆無でいた方が安全なんだ。もう少し気を張れ。俺以外の男に隙を見せるな!」
「え……」
そんなことを言われても、氷河を見ると嬉しくて、瞬の口許はついほころんだ。
その様を、氷河以外の者が視界に映すことを禁じるのは、氷河にも瞬自身にもできないことである。

「うー……」
自分のせいで瞬が可愛いこと、その瞬が自分だけの目に映るものでないこと――に、氷河は、大いなる憤りを感じないわけにはいかなかった。
氷河がいくら雄叫びをあげたところで、氷河のせいで変わってしまった瞬は、もはや元には戻らないのだ。

「まあ、なんだ……。氷河も救われない男だな」
「ゴリラみたい騒ぐなら、ゴリラの檻の中で騒いでろっつーの」
瞬の前で慌てふためく氷河に、処置なしとばかりに紫龍と星矢が肩をすくめる。
氷河の危惧や不安は、魅力的な恋人を手にするという幸運に恵まれてしまった男が当然支払わなければならない代償である。
そんな恵まれた男に同情するのも馬鹿らしく、星矢と紫龍は、我儘で幸運な男の上に思い切り軽蔑の視線を注ぐことにしたのだった。






Fin.






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