「何をするつもりだ」
エリス姫は、瞬の意図を量りかねたのか、哀れな奴隷に怪訝そうな目を向けてきた。
だが、すぐにその瞳にあざけりの色を浮かべる。
彼女は、卑しい奴隷が、その命を質にもっと大きな褒美を得ようと画策しているのだと考えたらしかった。

瞬の目には、そんなエリス姫がひどく寂しい女性に映った。
この人は奴隷より気の毒な人だと思う。
「僕が死ねば、あなたは彼の謎を解くことはできない。彼の恋は実り、彼は彼が治めるべき国を手に入れる。そのために――僕はここで死にます」

人の心の悲しさがわからない姫にも、瞬の瞳が既に生きている人間のそれではなく、死を決意した者のそれであることは読み取ることができたらしい。
そういう目をした人間を、彼女はこれまでに幾十人も見てきたのであるから、それは当然のことだったろう。
だが、そんな彼女にも瞬の真意は理解できなかったようだった。
処刑場に引き立てられていく王子たちとは違って、瞬には生を選ぶ道が残されているのだ。
だというのに――。

「馬鹿なことはやめろ。おまえが主人として仕えている人間は、以前はともかく今は国も持たないただの放浪者にすぎないのだぞ。私の方がはるかに強大な力を持っている。私はこの国の王女。すべてが私のものだ。誰もが私のいいなりになる。私の意に従った方が利口というものだ」
「……僕がここで死んでいく理由がわからない姫に彼を委ねるのは不安だけど、美しい妻と治めるべき国を手に入れたら、彼は元の彼に戻って、その答えを姫に教えてくれるでしょう」
「この私に、誰が何を教えられるというのだ。思いあがるな」
「僕の大切な人が、恋の勝利者として幸福になってくれるのなら、それでいい。僕は彼の奴隷ですから、僕の命は彼のためにあるんです」
「人はみな、己れの欲を満たすために、自分以外の者を犠牲にするのだ!」

広間にはエリス姫の怒号が響いていたが、その場にいる者たちの視線のすべては、瞬の上に注がれていた。
この国の王の困惑した目、王女の怒りに燃えた目、そして、氷河の冷ややかな眼差し。
氷河は無言で、心を乱した様子もなく、じっと瞬を見詰めていた。

彼は、彼の奴隷が自分を裏切らないことを信じているのだ。
そして、彼は、彼の奴隷の命が消えても生きていられる。
だから、彼の奴隷がすることを止めようとはしない。
もちろん瞬は、彼に彼の奴隷のすることを止めてほしいとは思っていなかった。
彼に奴隷の命を惜しんでほしいとも思わない。
ただ、死んでしまえば、もう二度と、北国の夏空を思い起こさせる彼の青い瞳を見ることができなくなるのだということだけが、瞬は悲しかった。
最後にその姿を瞳に焼きつけておきたいと思うのに、涙がその邪魔をする。

母を、故国を、幸福だった日々を懐かしむ彼を、あの姫は優しく慰めてくれるだろうか。
瞬はそれが心配でならなかった。
彼のために死んでいく者の姿を見て、姫が少しでも心を動かしてくれることを祈らずにはいられない。
祈りながら、瞬は剣を持つ手に力を込めた。






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