- II -






“秘密の共有”という行為は、人と人を近付けるものです。
その夜、瞬王子と氷河王子の間には二人だけの秘密ができ、その秘密は二人を親密な“仲間”にすることになりました。
つまり――氷河王子は、それまでにも増して、瞬王子に言いたいことを言うようになったのです。

「噂を仕入れてきたぞ。あのリボンの騎士、神出鬼没の大活躍をしているそうだな。面白い国だ。実に愉快な国。仮にも国の王子が逆賊の友だちとは」
「リボンの騎士は逆賊なんかじゃないよ!」
「逆賊じゃないと言っても――あの大臣は、王が任命した者なんだろう? それに逆らうんだから、リボンの騎士は、王と国家に対する反逆者ということになる。その行動が正義か悪かということは別の問題だ」
氷河王子の言うことは実に尤も――論理の上では間違っていませんでしたが、瞬王子にはそれは決して認められることではありませんでした。
リボンの騎士――瞬王子――が、瞬王子の兄である王様に逆らう逆賊だなんて思われることは。

「あの大臣は、兄さんが王様になった時にはもう大臣の職に就いてたんだよ!」
「罷免しなかったのなら、任命したも同然だ」
「罷免できなかったんだよ! 大臣の奥方は僕と兄さんの大伯母に当たる人で、大伯母様は、兄さんが王に即位する時に兄さんを後押ししてくれた人なんだから。だから、あの欲深大臣には穏便に――できれば、自発的に職を辞してもらいたいんだ。大伯母様には何も知られないままで……」
「ふん。――まあ、色々と複雑な事情があるようだな」

向きになっている瞬王子を見やり、氷河王子は、気苦労の多い王子様に同情しているような口振りで そう言いました。
けれど、氷河王子は心底から瞬王子に同情しているわけではなく――瞬王子の目には、むしろ彼は この状況を楽しんでいるように見えたのです。
「おまえの兄が帰ってくるのはまだ先のことのようだし、一度国に帰ってから出直そうかとも思っていたんだが――この国は実に面白い。俺は国に帰るのはやめて、しばらくここに滞在することにした。いいか?」
「ぼ……僕は構わないけど……」

実際に、氷河王子は この状況を楽しんでいたようです。
なにしろ、国の現状を真剣に憂えている瞬王子に向かって、
「我が国は、まあ、金が余っている豊かな国で、ああいう せこい悪党もいなくて退屈なんだ。亜麻色の髪の乙女が見付かるまで、ぜひとも正義の味方ごっこを楽しみたい。リボンの騎士とやらに話をつけてくれ」
――なんてことを言い出したのですから。

正義の味方の仲間が増えるのは嬉しいことです。
瞬王子がリボンの騎士と共謀しているなんてことを誰彼構わず言いふらされても困りますし、現実問題として、氷河王子の申し出を断ることは、瞬王子には不可能なことでした。
それでも、瞬王子はまだちょっと不安だったのです。
「氷河は……本当に大臣の回し者じゃないの?」
氷河王子を疑いたくはありませんでしたが、なにしろ彼は欲深大臣に招かれてこの国にやってきた客人です。
欲深大臣から悪質なデマを吹き込まれて、シルバーランドとその国の王に対して不審の念を抱いていないとも限りません。
瞬王子が確認を入れると、氷河王子は大袈裟に肩をすくめて、首を横に振りました。

「やめてくれ。俺にも、美意識というものがある」
「美意識……って」
欲深大臣は確かに美男子ではありませんでしたが、氷河王子は、そういうことで自分が誰の敵になり誰の味方になるかを決めるのでしょうか。
氷河王子のその言葉に、瞬王子は我知らず眉根を寄せてしまいました。
氷河王子がそんな瞬王子を見て、僅かに立腹したように口許を歪めます。
「俺が面食いだということは否定しないが、俺が言いたいのは、つまり行動の美学のことだ。亜麻色の髪の乙女に会った時、己れを恥じなければならないような不名誉で我が身を汚すことはできん。おまえは、俺が誇りを持っていないとでも思っているのか」

「そ……そんなつもりじゃ……。ご……ごめんなさい」
瞬王子が謝ると、氷河王子は怒らせていた肩を すとんと落とし、それからすぐに、あのちょっと人を食ったような微笑を目許に刻みました。
「俺は結構 役に立つと思うぞ。あの大臣は、ゴールドランドの王子である俺と懇意になりたがっているようだったし、色々と探りを入れてみよう。悪党の裏をかくのは実に楽しそうだ」
氷河王子が本当に楽しそうに語るので――危機感皆無の様子で語るので――瞬王子はちょっと心配になってしまったのです。

「でも、危ないことはしないでね」
瞬王子が心配顔で言うと、氷河王子は、なぜだかとても嬉しそうに、彼にしては屈託のない笑顔を瞬王子に見せてくれたのでした。






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