1日50人以上の観光客の上陸が禁じられているという赤い花の咲く島は、本当に小さな島だった。 少し大きな嵐がきたら、島ごと波に飲み込まれてしまうこともありそうなほどに小さい。 その小さな島を哀れみ見守るように、島の周囲の波は静かで、穏やかに凪いでいた。 島のどこにいても必ず視界に海が入るほど ささやかな島。 その島の小ささに比して、赤い花をつけている樹は巨大だった。 伝説の赤い花は、島中のそこかしこに咲き乱れる草花ではなく、一本の巨大な樹木の枝葉を飾る花だったのだ。 どれだけ長い間、恋人の魂を導き続けてきたのか。 どれだけ強い思いで、恋人の魂を見詰め続けてきたのか。 圧倒されるような存在感が、その樹にはあった。 赤い花と聞いていたので、バラやハイビスカスのように大きく華やかな花がそこにはあるのだろうと思っていたのだが、瞬のその推察は間違っていた。 確かに血のように赤い色をしてはいたが、花の大きさと形はナデシコのように可憐な様子をしており、花びらが薄く透き通っているためか、むしろその風情は儚げですらある。 伝説として語り継がれるほど強い恋人への思いは、おそらく小さく か弱い少女の姿に宿っていたのだろう。 非力な少女の姿をなぞった小さな花を、少女の強く堅固な心をかたどった幹や根が支えている。 伝説の赤い花は、そういう風情をしていた。 木の周囲には柵が張り巡らされていた。 同じ船でこの小さな島に上陸したガイドが、樹に触れようとしていたカップルを慌てて制止している。 「花や樹に触っちゃ駄目なんだって。今年に入ってから急激に弱って――枯れかけているみたい」 「枯れかけて? 永遠の愛を象徴している花がか」 「うん。島の人たちはみんな心配してるみたいだよ」 「この樹が枯れてしまったら、観光の目玉がなくなってしまうわけだしな」 昨夜は夢のように甘い言葉ばかりを囁いていた氷河の唇が、今日は妙に現実的なことを言う。 瞬は短く苦笑してから、弱りかけている樹の向こうに広がる緑青色の海に視線を投じた。 多くの神話と伝説に彩られた、西洋の文化とそこに生きる人々の思想の源たる美しい海が、そこに横たわっている。 「ねえ、氷河。ここはまがりなりにも地中海――エーゲ海だよ」 「それが?」 「エーゲ海で、“死の国の王”って言ったら、ハーデスしかいないでしょう」 瞬の言わんとすることを、氷河はすぐに察してくれた。 「俺たちがハーデスを倒したから、この樹は枯れかけているということか?」 「多少の誇大広告はあるにしても、これまで何百年何千年と生き続けてきたと言われている樹が突然枯れ始めるなんて、他に理由が考えられない」 それで、あの夢が瞬の許を訪れるようになった事態にも理由がつけられる。 この樹と赤い花は、ハーデスを倒した者に救いを――あるいは償いを――求めているのだ。 瞬の言葉に同意するように、伝説の花の花びらが瞬の肩に舞い降りてくる。 「もしそうだったとしても、俺たちに何ができるというんだ――」 瞬がその花びらを手にとった途端、急に氷河の声が聞こえなくなった。 「え…… !? 」 意識が、何か強い力に引きずられる。 聖闘士の力、その意思の力をもってしても抗い切れない強い力――が、瞬を呼んでいた。 |