その夜、瞬は確かにいつもの瞬ではなかった。
瞬は自分から脚を開き、自分から膝を立てた。
その中に氷河を迎え入れ、まるで氷河を逃がすまいとするかのように、両膝に力を入れる。
瞬のしたいことをさせてみて、氷河は少々――否、大いに――驚くことになってしまったのである。
いつもなら氷河は、瞬に その両脚から力を抜いてもらうために、相応の手順を踏まなければならなかった。
つまり、瞬を怯えさせないように さりげなく瞬の脚の間に手指を忍び込ませ、丹念に内腿を愛撫しながら瞬の理性を眠らせて、瞬の感性の覚醒を促すことをしなければならなかったのである。
瞬が自分から身体を開いて恋人を迎え入れるなどという事態は、氷河にしてみれば空前にして絶後の大事件だった。

「そんなに欲しいのか」
揶揄するのでもなく、煽るためにでもなく、純粋に瞬の行動が意外で、氷河は瞬に尋ねずにはいられなかったのである。
「欲しいのか? 俺を早く?」
瞬は問われたことに答えなかった。
肯定するのが恥ずかしくて瞬は答えずにいるのかと、氷河は思ったのだが、そうではなかったらしい。
瞬は問われたことには答えなかったが、逆に氷河に尋ねることはしてきたのだ。

「氷河は僕のものだよね?」
「もちろんだ」
「だから、僕も氷河のものなの」
「そうなのか?」
氷河がそう反問したことに他意はなかった。
しいて言うなら、瞬の言葉を疑う振りをすることで、氷河は瞬に向きに・・・なってもらいたかったのである。
向きになって、もう一度同じ言葉を繰り返してほしかったのだ。

だが、瞬は、氷河が期待したような反応を示してはくれなかった。
氷河の反問を聞くなり、その瞳を大きく見開くと、瞬はすぐに 傷付いたようにその眉根を寄せた。
そのまま目を固く閉じて、また細くて白い腕と指を 氷河の背と髪に絡みつかせてくる。
「疑うのなら……早く僕を早く氷河のものにして。そして、氷河は僕のものだって……僕に確かめさせて」
「……」

途切れ途切れではあるにしても、これだけ言葉を紡げるということは、瞬の中ではまだ感性より理性の方が勝っているということである。
前戯が全く足りていないということだった。
身体に加えられる痛みを陶酔で打ち消し、それを快楽に変換できるところまで、瞬は感覚に酔えていない。
だというのに、それでも瞬は“瞬のもの”である男を欲しがっている――らしい。
瞬が求めるものを与えることには やぶさかではなかったのだが、氷河は瞬の身体を気遣わないわけにはいかなかった。

「おまえが確かめたいことを 今すぐ確かめようとすると――痛むぞ」
「いい……早く」
氷河の髪を鷲掴みにして、瞬は、氷河の身体を自分の方に引き寄せようとした。
どれほど細く頼りなく見えても、瞬はアテナの聖闘士である。
心の制御には長けていなくても、身体の制御には長けている。
そして、今 氷河を欲しているのは、瞬の身体ではなく、瞬自身にも制御の難しい心の方であるらしい。
氷河は、瞬が求めるものを与えてやるしかなかった。

あまり勢いはつけず、だが力を込めて、氷河が瞬の中に彼自身を押し込む。
「……っ!」
瞬は声にならない悲鳴をあげ、自分の身体に加えられた痛みに対する反射運動のように、大きくその背と喉をのけぞらせた。
が、それも一瞬のこと。
その苦痛は尋常のものでないはずなのに、瞬はまもなく陶然として、自身の身の内に収められたものに酔い始めた。
「あ……ああ……」
噛みしめていた唇を薄く開け、微かな声を――悲鳴ではなく喘ぎ声を――瞬は洩らし始めたのだ。

氷河の背にまわされた腕だけでなく、瞬の声までが悩ましく氷河に絡みついてくる。
前戯は足りていないはずなのに、瞬は完全にその身を陶酔の中に沈み込ませていた。
それと同時に、瞬の身体の内の肉と腕と指と声――瞬のすべてが、決して逃すまいとするかのように氷河に掴みかかってくる。
氷河が達する前に、瞬は、まるで苦痛でできた快楽に酔うように、幾度も短い失神を繰り返した。






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