あの頃から、俺はその気があったのかもしれない。 瞬が好きで――放っておけなかった。 自分が人一倍 寂しがりやで泣き虫なのに――だからこそ? ――俺の心を読み取って、慰め、温めようとしてくれる瞬。 瞬はその瞳に涙をいっぱいためて、一生懸命仲間の悲しみを消し去ろうとするような子だった。 その矛盾した言動が瞬特有の強さなんだということに、当時の俺は、まだ気付いていなかったんだが。 あの頃の瞬は、本当に小さくて、本当に細くて、特に肩が――心細そうな肩をしていた。 最初は手をつないで眠るだけだった俺たちは、やがて抱き合って眠るようになった。 瞬は拾われてきた子猫みたいに俺に擦り寄ってきて、いつのまにか俺の胸の中に丸まって収まってしまうから、俺は瞬の手を握っている必要がなくなったんだ。 俺はまだ7、8歳のガキだったのに、瞬の肩を抱いていても腕がしびれない寝方を完璧に体得していた。 瞬の肩を抱いて寝てやっていると、瞬が俺の胸の中で丸まっているのを感じると、俺が瞬を守ってやっているんだという気になって、俺は瞬より強くて瞬より大人なんだという気分になれて、俺は少し得意な気持ちにもなっていたと思う。 瞬は小さくて非力で優しくて可愛くて、俺が守ってやらないと一人では立ってもいられないような、一人では生きていくこともできないような、そんな雰囲気を漂わせている子供だったから。 瞬を可愛いと思い、守ってやりたいと願う気持ち――それは今も変わらない。 俺たちの夜が、手を握るだけ、肩を抱いて眠るだけのものでなくなった今も――瞬が聖闘士になった今も――その気持ちは俺の中に確として存在する。 それは、最初は、瞬を泣かせ傷付けるだけの行為だったが。 互いに聖闘士になって再会した時、俺たちはさすがにもう仲良く手を繋いで眠れる歳ではなくなっていた。 城戸邸内にある小さな体育館でサーキット・トレーニングをするにも順番待ちをしなければならないほどいたガキ共はたったの10人に減り、俺たちは城戸邸内にそれぞれの個室を与えられていたから、ガキの頃のように気安く瞬のベッドに潜り込むこともできなくなってしまっていたしな。 俺と瞬の今の関係は――俺が半ば強引に瞬を奪ったことから始まった。 十二宮戦のあと、俺は瞬にすっかり惚れていて――いや、俺はもともと瞬が好きだったんだ。ガキの頃から。 再会した瞬は壮絶に綺麗になっていたし、そのくせ泣き虫で優しいところは変わっていなくて――そして、十二宮での戦いが、俺を瞬なしではいられない男にした。 あの戦いで、瞬は、綺麗で優しいだけじゃなく強い人間でもあることを、俺に示してくれたから。 母を失い、あの戦いで師を失った俺は、自分にはもう瞬しか残されていないと、そんな強迫観念めいた思いにも囚われていたんだろう。 俺は瞬を誰かに奪われたくなくて、無理矢理――少なくとも、瞬の合意は得ずに――瞬を俺のものにした。 城戸沙織が女神アテナとして聖域に在るようになり、これで俺たちは聖闘士としての務めを果たしたのだと、俺は思っていた。 それが束の間の――短い平穏にすぎないということも知らずに、俺たちは 日本に戻り、戦いのない日々の中に身を置いていた。 その平和、その平穏――瞬を思う心の他に憂いのない状態が、逆に俺を焦らせたんだ。 あの日、俺は、まだ俺が愚かなガキだった頃にそうしたように、前触れもなく無言で瞬の視界を遮った。 子供の頃とは比べものにならないほど力のついた腕で。 瞬が幼い頃のあの出来事を憶えていたのかどうか、それは俺にもわからない。 「氷河、どうかしたの」 幼い子供だった時とは違って、聖闘士になった瞬はさほど慌てもせずに、俺にその戯れの理由を尋ねてきた。 幼かったあの時より今、瞬は取り乱してしかるべきだったのに、 俺は、尋ねてくる瞬に答えを返す代わりに、その首筋に唇を埋めた。 瞬は――驚いただろう。 身体を緊張させたのがわかった。 あの時俺は、瞬に目隠しをすることで、俺自身の目から瞬の表情を隠そうとしたんだと思う。 瞬に嫌悪感を示されたら俺は気後れする――自分が傷付くことがわかっていた。 だが 俺は、気後れだの傷心だの、そんなものに邪魔されたくなかったんだ。 今は、世界の中心に自分がいて、世界の住人も子供だけだった あの頃とは事情が違う。 瞬は綺麗で優しくて、その上強い。 その事実を知るのが俺だけだったあの頃とは、訳が違うんだ。 今 瞬を俺のものにしないと瞬を誰かに奪われてしまう――そう考えて、俺は一人で勝手に焦っていた。 俺はあろうことか真昼間、いつ誰が入ってきてもおかしくないラウンジの長椅子の上に瞬を引き倒し、瞬が身に着けていたものをすべて引き剥いで、性急に瞬の身体を開かせた。 俺が、俺の浅ましく猛ったものを瞬の中に捻じ込んだ時、瞬は痛みしか感じていなかったと思う。 それでも瞬が俺に無抵抗でいたのは、おそらく瞬が十二宮の戦いで“敵”を傷付けた自分自身に傷付いていたからだ。 そうしようと思えばどんな技を使ってでも俺の暴力を退けられるはずの瞬が、俺に無抵抗に貫かれ、涙を流す。 人を傷付けることに傷付いている瞬の心を俺は知っていて――気付いていて、利用した。 そんな卑怯もおそらく許されるだろうと、あの時の俺は思い込んでいたんだ。 こんなに瞬を好きな男のすることなんだから、瞬も神も俺のすることを許してくれるはずだ――と。 今なら勝手極まりない考えだと、俺にもわかる。 だが、あの時の俺は本気でそう信じていた。 一度瞬を貫くことで安心した俺は、あまりのことに目を開けたまま気を失っているような瞬の身体を抱き上げて、誰にも邪魔されない(はずの)俺の部屋に運び、再びその身体を蹂躙することを始めた。 あの時の俺は本当に何を考えていたんだろう――と思う。 その時には、瞬はもう涙も流しておらず、瞬の身体にまとわりついていく俺の指や唇を引き剥がそうともしなかった。 言葉も―― 一言もなかった。 |