当然のことだが、瞬はそれからしばらくの間、俺を避けていた。 瞬は俺をなじったり責めたりもしなかった。 そうなってから俺は初めて、瞬を一刻も早く自分のものにしなければならないという馬鹿な衝動に負けたせいで、俺は俺の恋を失ったのかと危惧することができるようになったんだ。 俺が欲しかったのは、綺麗で優しく強い瞬の心だった。 その心で俺を愛してもらうことだった。 身体を我がものにしたところで、瞬の心が俺に向いていないのでは――瞬が俺を見ていてくれるのでないなら、そんなことは無意味だ。 取り返しのつかないことをしてしまってから、俺はそんな当たりまえのことに気付いた。 それでも俺が瞬を好きでいる気持ちだけは瞬にわかってもらいたいなんて得手勝手なことを考え、どうすれば瞬に許してもらえるのかと思い悩んでいるうちに、別の戦いが始まった。 その戦いのあとだ。 瞬が自分から俺の部屋にやってきたのは。 驚いている俺の背に自分から腕をまわして、瞬は、 「一緒に眠ろうよ。子供の頃みたいに」 と言った。 互いに身体を寄り添わせて無邪気に眠るには――それだけで眠るには――瞬の香りはあまりに甘く、瞬の肌はあまりに やわらかい。 何より、ほとんど無理強いのように瞬を犯したあの時に、俺は、俺と瞬の身体を繋げることが、俺の身体に凄まじい快感をもたらしてくれることを知ってしまっていた。 俺に犯されてからずっと俺を避けているようだった瞬が、突然自分の方から俺の許にやってきてくれた訳。 その時 俺は、まずその理由を考えるべきだったのに、子供の頃のように心細げな瞬の眼差しに気をとられた俺は、自分が当然 為すべきことを怠った。 もう一度瞬の中に俺を沈ませることができるかもしれない――瞬がそれを許してくれるかもしれないという期待が、俺からまともな判断力と理性を奪ってしまっていた。 「俺は、おまえと一緒に寝たら、ガキの頃のように大人しくしてはいられない――と思う」 瞬はわかっている。 わかっているはずだ。 俺が欲しいものが何なのか。 「うん……」 どう解釈すればいいのかわからない返事――を、瞬がその唇に乗せる。 それはどういう意味なのかと俺が問い返す前に、瞬は胸に頬を押し当ててきた。 途端に俺は、まともに何かを考えることができなくなった。 あんな乱暴をした俺を瞬は許してくれたのだと決めつけ、狂喜して、俺は瞬の身体にむしゃぶりついていった。 「んっ……」 瞬は――二度目の瞬は、初めての時とは全く様相が違っていた。 最初のうちは唇を引き結んで、瞬は、どこにどんな愛撫をされても 声を洩らすことを避けているようだった。 やがて そんなふうでいることに耐えられなくなって――唇を薄く開き、喘ぎ声を洩らし、胸を大きく上下させ始める。 初めての時、瞬はおそらく驚きと恐怖に声を奪われてしまっていたんだ。 二度目の瞬は、もうその身に恐怖をまとってはいなかった。 瞬の肌は敏感で――下世話な言い方をすれば、非常に感度がよくて――どんな愛撫にも無反応でいるということがなかった。 瞬は まるで戦いに挑む時のように肌を緊張させていて、だから逆に どんな小さな刺激も 少しずつ熱を帯び始めた瞬の肌は、やがて俺の息がかかるだけの刺激にも陶然とし、あるいは恥じらいをにじませるようになった。 だが、そんな愛撫は、瞬にとっては 文字通り“前戯”に過ぎない。 他愛のない戯れにすぎないことを、俺は間もなく瞬によって知らされた。 瞬が俺に求めているのは、俺が瞬の中に猛った俺の欲望を押し込み、瞬の身体を傷付けることだった。――そうだったらしい。 俺の愛撫にうっとりして控えめな溜め息を洩らしていた瞬に、俺を受け入れるための体勢をとらせると、散々俺の指と舌に 俺が瞬を貫くと、その瞬間から、控えめだった瞬の喘ぎ声は、あからさまな嬌声に変わった。 歓喜のあまり、瞬は声を抑えようという気も失せてしまったらしい。 積極的に俺に腰を押しつけ、動かし、俺の背といわず、肩といわず、髪といわず、その腕を絡みつかせ、やがて瞬は身体ごと大きく喉を仰け反らせた。 瞬の白くなめらかな喉。 それは人間の身体の中で最も もろい場所だ。 ここを噛み切られたら、人間はまず命を失う。 聖闘士でなくても、そんなことは誰でも知っている。 そんな危険な場所を、ためらいもなく俺にさらして、瞬は、 「もっと……氷河、もっと……!」 と俺にねだってきた。 もっと強く、もっと深く、もっともっとこの身体を蹂躙してほしい――と、おそらく そういう意味。 惚れた相手に、そこまで激しく求められて、嬉しくない男はいないだろう。 俺ももちろん例外じゃなかった。 瞬に嫌われてしまったのではないかと、散々気を揉んでいたあとだっただけに、瞬の情熱は俺を歓喜させた。 もちろん安堵もした。 瞬に求められるまでもなく瞬を求めていた俺は、瞬にねだられるまま、瞬の身体の中をかき乱した。 見境なく暴れる俺を、瞬の身体の奥のやわらかい肉が更に煽る。 瞬は、そして、涙を流していた。 綺麗な透き通った涙。 同性との性交に歓喜している人間が、浅ましいと言っていいような体勢で二つの身体を繋がらせたまま、こんな綺麗な涙を流すなんて、それが瞬の涙でなかったら、俺は 場違いで そぐわないものだと一蹴していただろう。 瞬のものでなかったら、そもそも それを綺麗だと感じることもできなかったに違いない。 が、瞬は、こんな卑俗な肉の交わりのさなかに綺麗な涙を流すことを不自然と感じさせることのない人間で、瞬の 肉体の欲求に逆らえず、散々瞬に己れを突き立て、身体を引いてはまた瞬の中に押し入ることを繰り返していた俺は、最後の瞬間にはなせかひどく敬虔な気持ちで瞬に俺の精液を捧げた――ような気がする。 瞬との性交がもたらす快感の凄まじさは、どんな言葉で表現すればいいのかもわからないようなものだった。 それでいながら、瞬は、ベッドの外では、相変わらず清潔で潔癖な人間で――演じているのではなく、事実その通りの人間性を保ち続けた。 恋人のベッドの内と外とでのギャップが大きければ大きいほど、男は燃えるようにできているものらしい。 俺はますます瞬にのめり込むことになった。 |