『だーれだ』
俺が無力な子供だった頃、寂しさに途方に暮れている俺に気付いてくれたのは瞬だけだった――。

聖闘士になって戦いの中に身を置くようになった瞬は、自分が人を傷付けることに傷付くようになった。
俺は、瞬がつらい現実を見ずに済むように、束の間でもそのつらさを忘れられるように、瞬を抱き、瞬の身体を傷付ける。
俺はずっと――俺こそが瞬の目を覆い隠してやっているつもりでいた。
だが、事実は――。

「泣かないで」
瞬に抱きしめられ、そう囁かれた時、俺は初めて自分の思いあがりに気付いた。
瞬の強さと優しさに気付いた。
子供の頃、瞬の優しさに気付かずに、瞬の戯れに苛立ちを覚えていた俺。
俺はあの頃と何も変わっていなかった。
俺は、今も 瞬の本当の心が全く見えていない愚かで馬鹿なガキでしかなかったんだ――。

瞬は俺に癒しを求めているんじゃなかった。
俺にすがりついているのでもなかった。
瞬は、逆に、俺を抱きしめてくれていたんだ。
瞬は、俺のために俺の許に来てくれていた――。

十二宮の戦いのあと、俺は師を亡くして、落胆していた。
母も師も なぜ皆が俺を置いていくのかと、運命の理不尽に、俺は絶望しかけていた。
彼等は二人共、俺が殺したようなものだったから。
『ようなもの』どころか、カミュに至っては、俺が自分の拳で倒したんだ。
誰よりも生きていてほしいと願っていた者たちを、俺は自分の手で葬り去った。
だから、瞬だけは失いたくなかった。
誰にも――死にも――奪われたくなかった。

無体を働く俺の下で、『やめてくれ』と泣いていた瞬が抵抗をやめたのはなぜだった?
俺が『おまえが好きだ』と言ったからじゃない。
俺は、あの時、そんなことは言わなかった。
『おまえだけは生きていてくれ』と言った。
『おまえが欲しい』と言ったからじゃない。
そんなことは言わずに、『おまえだけは失いたくない』と言った。

――だからだ。
あの時の俺は、欲望をたぎらせた獰猛な獣じゃなく、大切なものを失うことを恐れる無力な子供だった。
瞬に支えてほしいと 瞬に抱きしめてもらいたいと、瞬にこの残酷な世界を見ずに済むようにしてほしいと望む非力で哀れな子供。
俺は瞬を犯したんじゃない。
俺は瞬にすがっていったんだ、あの時。
だから瞬は、俺の下で大人しくなった。
瞬は――俺に同情したんだろうか?

その事実――事実だろう――に気付いて、俺は愕然とした。
同時に、戦慄した。
当然だろう。
もし瞬が俺を受け入れてくれた理由が、我儘で非力な子供への同情だったというのなら、瞬は俺を愛していないどころか、必要としてさえいないということになる。
瞬を必要としているのは俺だけで、瞬は俺がいなくても平気だということになるんだから。






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