『俺をここから出してくれ』と石が叫ぶ。
『俺に形を与えてくれ』『命と心を吹き込んでくれ』と。
叫んでいるのは俺自身。
石はその俺の心を映す鏡にすぎない。
二人の関係を感じた時、感じたと思った時、俺には その姿が見えてきた。
俺のピエタが見えてきた。
そうして、俺が最初の一打を巨大な大理石に打ち込んだ日が、俺たちの別れの日だった。

「あなたの人生をどういうものにするのかは、これから あなたが決めることです。僕たちにできることはただ、この世界が失われることがないように 遠くで戦うことだけ。僕たちは僕たちの戦いを続けます。あなたもあなたの戦いを戦い続けてください。あたなの勝利を祈っています」
それが、別れ際のシュンの言葉。
そう言って、彼等は帰っていった。
どこへ帰ったのかは知らない。
聞いても教えてはもらえないだろうと思って、俺は尋ねなかった。

彼等を知れば知るほど、その人間的な部分を見れば見るほど――おかしな話だが、俺の中には、彼等は神の戦士――神の使いなのではないかという考えが生まれ、その考えは日を追うごとに強くなっていた。
彼等は、俺にピエタを彫らせるために神が遣わした者たちだったに違いない。
シュンの姿が奇跡なのではなく、俺と彼等の出会いこそが、神の仕組んだ奇跡だったのだ――。

俺は、そんな気がしてならなかった。
それが ただの思い込みにすぎなくても、だから どうだというんだ。
信じることから、すべては始まる。
神を信じること、人間を信じること、自分の力と可能性を信じること、自分の生には価値があると信じること。
すべてを信じて、俺は俺のピエタを、俺の肉体と技と魂のすべてを使って彫った。

完成までの2年、俺は地上で最も信仰心の篤い人間だったろう。
地上で最も幸福な人間でもあったかもしれない。






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