「氷河の好みって、ちょっと変わってるよね」 「そうか?」 「そうだよ。ホットのアールグレイなんて、普通の人は好まないと思うよ。香りが強すぎるもの」 「俺は、主張が強くて はっきりしたのが好きなんだ」 「氷河、夏摘みより、香りの強い春摘みの葉っぱの方が好きみたいだもんね。結構な通じゃないと、収穫期の区別なんてつかないものなのに」 「これは いい香りだ」 「おいしい?」 「ああ」 「ほんと?」 「……もう少し渋みがあってもいいかもしれない」 「アールグレイに渋みを求めるなんて、やっぱり氷河の好みって変わってる。明日は もう15秒くらい蒸す時間を長くしてみるね」 そんなふうに試行錯誤を繰り返して、ついに瞬が辿り着いた、完全に氷河の好みに合致した特製の紅茶。 それがテーブルの上に手付かずのまま放置されている。 瞬が細心の注意を払って いれたお茶は すっかり冷めてしまい、今日こそは氷河に口をつけてほしいという瞬の期待は、またしても裏切られることになったようだった。 瞬が氷河のためにいれるお茶に、氷河が口をつけなくなったのは いつからだったろうと、星矢は自分の記憶の糸を辿ってみたのである。 青銅聖闘士たちの前に白銀聖闘士たちが姿を現わすようになった頃、殺生谷で死んだと思われていた一輝が帰ってきた頃だったような気がする。 そう思い至り、やはり そのあたりに 氷河が瞬への態度を変えるようになった原因があるのかと、星矢は思うことになったのである。 氷河はご丁寧にも、瞬がいれたお茶が冷め切ったのを見計らったように席を立ち、どこかに姿を消してしまった。 しょんぼりした様子で、瞬がお茶の入ったままのカップと 星矢たちが空にしたグラスをトレイの上に片付けていく。 「瞬、カップ、割るなよ!」 肩を落としてラウンジを出ていく瞬に、星矢は声をかけずにいられなかった。 「あ……うん……そうだよね……」 力ない声で 答えになっていない答えを返し、瞬が 頼りない足取りでラウンジを出ていく。 そう言ったそばから、瞬は手にしているトレイを取り落としてしまうのではないかと懸念して、星矢は、瞬の姿がラウンジのドアの向こうに消えてからも しばらく、その耳を澄ませ、瞬の足音を確かめていたのだった。 |