瞬は、星矢の懸念通り、雨で地盤が緩んでいた崖の下に転落してしまっていたらしい。
それで足を挫いただけで済むところが、瞬が聖闘士であるゆえんなのかもしれないが、ともかく瞬は、挫いた足で歩くこともままならず、昨夜一晩 崖下にあった木の陰で震え うずくまっていたのだそうだった。

星矢たちが殺生谷に向かって4時間ほどが経ってから、瞬は城戸邸に帰ってきた。
紫龍に抱きかかえられた瞬の身体は毛布で包まれており、その頬は蒼白。
薔薇色だった唇は、僅かに紫色がかってさえいる。
意識ははっきりしているようで、エントランスと二階を結ぶ階段の下に立っている冷酷な仲間の姿に気付くと、瞬は泣きそうな目を氷河に向けてきた。

氷河は、瞬になじられることを覚悟したのである。
瞬が気付いていなくても――気付くまいとしていても――星矢が、白鳥座の聖闘士の悪意を瞬に知らせていないはずがない。
むしろ、瞬の身を守るために、星矢はそれを瞬に知らせなければならないのだ。
はっきり伝えることはしなくても、星矢は その事実を瞬に ほのめかすくらいのことはしているはずだった。
だが――。
泣きそうな目をした瞬が氷河に告げた言葉は、仲間をなじる言葉ではなく、仲間の悪意など知りもしない者のそれ――自分の無力を詫びる言葉だったのである。

「ごめんね。氷河のマーマの写真、見付けられなかったの。ごめんね」
瞳に涙を浮かべて謝罪してくる瞬に、氷河は一瞬 あっけにとられた。
これが 悪意に満ちた仲間の卑劣な企てだったということに、瞬は気付いていないのか。
星矢は瞬に何も言わなかったのか。
言わなかったのだとしたら、それはなぜなのか。
氷河には、その答えが全く わからなかった。

「氷河は怒ってなどいないさ。そう自分を責めるな。心の傷を深めると、身体の傷の治りも遅くなる」
瞬の身体を抱きかかえている紫龍のその言葉がそのまま、氷河の疑念に対する答えだった。
瞬の心に これ以上の傷を負わせないために、仲間を疑うことなど思いもよらずにいる瞬の心を守るために、彼等は瞬に何も言わなかったのだ――。
結果として仲間たちに心配と面倒をかけてしまった心苦しさに 身の置きどころをなくし、氷河が失くしてしまったものを見付けることもできなかった自身の無力を嘆いている瞬の心を これ以上傷付けるわけにはいかないと、星矢たちは考えたのだろう。

瞬は ただ、己れの無力を嘆いている。
殺生谷での戦いから既に相当の日にちが経っていることを考慮しても――瞬が氷河の失くしたものを探しにいったのが 殺生谷での戦いの直後だったとしても――瞬が氷河の母の写真を見付け出すことは不可能な話だったというのに。
それは、氷河の部屋のライティングデスクのひきだしの中にあった。
最初から――今でも。






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