391000カウント記念小説


391000カウントをGETしてくださったのは、鈴木さん。


お題は、

『聖闘士もので(つまりパラレルではなく)、シリアスで、瞬に冷たい氷河』


「できれば、『素直になれなくて』とか『冗談で』ではなく、本気で冷たいことを希望します(もちろん最後まで冷たかったら嫌ですが)」

とのことでした。
鈴木さん、リクエストどうもありがとうございます!

さて、今回のお題の最大のネックは『冷たい』でした。
『クール』ではなく『冷たい』。
ちなみに、『冷たい』を辞書で引くと、「思いやりがない。冷淡である。よそよそしい。人情がない」とあります。

これが『クールな氷河』だったなら、私は妄想炸裂で、超カッコよくスマートで きまりまくっている氷河の話を書こうとしていたところだったでしょうが(実際に、そういう氷河の話を私に書けるかどうかという問題は別として)、お題は『冷たい氷河』。
とにかく、この『冷たい』が、私に大いなる苦悩と苦渋をもたらしたのです。

なにしろ、私の認識では、「善良な人間に冷たくする人=馬鹿」。
人に冷たいということは、私の認識では、非常に愚かで超カッコ悪いことなのです。
鈴木さんから いただいたリクエストのメールからは、「もしかしたら、カッコいい氷河をご希望なのかな?」と窺えるところがあったため、私の苦悩は更に深刻化。
私は、「本当に、冷たい氷河(=馬鹿な氷河)を書いてしまっていいのだろうか……」と悩むことになったのでした。
冷たい氷河をカッコよく書ければ、それが最上の方法なのですが、理屈上、それは私にはできないことでしたから。

今回いただいたお題で、私は初めて気付きました。
私はいつも“恋の成就”という目的のためには他の何物をも顧みないクールな氷河を書いているつもりなのですが、そういえば『瞬に冷たい氷河』は書いたことがなかった(かもしれない)――ということに。
私は、氷河と瞬ちゃんが好きで、馬鹿が嫌い。
当然、『氷河と瞬ちゃん』≠『馬鹿(=冷たい)』となるからです。

当然のことながら、この『馬鹿』というのは、お勉強ができないという意味の馬鹿ではなく、人の心を思い遣ることのできない馬鹿、根拠のないプライドのために意味のない意地を張って、人に迷惑をかけ、その結果 自分も損をするような馬鹿者のこと。
そういった人種が、私は苦手なのです。
瞬ちゃんのように、自分に害意を抱く敵や意地悪な人にまで優しく接しろとはいいませんが、誠意には誠意、優しさには優しさを返す程度の常識と感性を備えている人が好き。

もちろん、私は、自分が、↑ この手の馬鹿ではないと言うつもりはありません。
私は未熟な人間です。
でも、「どーせ私は馬鹿だもん」と開き直るようなことはしたくない。
善良で優しい人間でありたいと願い、努めてはいます。

そういう私が好きな二人なのですから、氷河と瞬ちゃんは、当然にして優しく善良で、誠意には誠意を返す人間のはず。私は そう信じている。
であればこそ、『瞬に冷たくする氷河』なんて、そんな馬鹿な氷河の話を私が書けるものだろうかと、私は大いに悩んだわけです。

実は、いっそ また氷河の洗脳ネタでも書いてみようかということも考えたのですよね。
それなら、本来の氷河(=私の好きな氷河)ではないので、いくらでも冷たくて カッコ悪い お馬鹿さんにできますから。
でも、洗脳に至る都合のいい経緯を思いつけなくて、この案はボツ。

そんなふうに、あれこれ悩み、様々な逃げ道を模索して、最終的に、「馬鹿が賢明になる話を書けばいいだけなのだ」と開き直った私。

考えてみれば、氷河と瞬ちゃんはまだ若い。
瞬ちゃんはどこか老成して子供らしくないところがありますが、氷河は、『クール』の意味、『利口』の意味、『かっこいい』の意味を取り違え、勘違いしていることもありえそう。
ならば、『冷たい氷河(=馬鹿な氷河)』の話も書けないことはないだろうと、自分を鼓舞して話を書き始めた私だったのですが。
『冷たい氷河』ではなく『馬鹿な氷河』を書けばいいのだと自分を励ましながら話を書いたため、できあがったものは、あまり お題に沿った話ではなくなってしまいました;
鈴木さんには大変申し訳ありません。

話を書いている私が、
「あー、この氷河って、ほんとにほんとにおばかさん」
と思いながら書いているので、そもそも雰囲気がシリアスにならない。
これには参ってしまいましたね。

当人(氷河)が自分の言動をシリアスだと思っているだけに(=自分がギャグを演じているという自覚がないだけに)、傍から見ると、その様は滑稽そのもので、笑うしかなくなるのです。
ですが、そこはまあ、「人間が、真面目に 真摯に 自分の生を生きようとしていたら、笑うしかなくなるようなことも しばしば起こるものだろう」という屁理屈をこねて、逃げることにいたしました。
本当に本当に すみません。

形ばかりでも、氷河が瞬に冷たくする理由をなかなか思いつけなくて、結局かなり苦し紛れ かつ 滅茶苦茶 使い古されたオーソドックスな理由になってしまいました。
これまた大変申し訳ありません。

とにかく、私には とても難しい お題でした、『冷たい氷河』。
『冷たい』と『クール』は違う。
『冷たい』と『無関心』も違う。

“積極性”“他動的でない”という視点から見ると、
『冷たい』>『クール』>『無関心』
――かな? と思ったせいで、なるべく『冷たい』に近付けようとした結果、今回の話の氷河は少々意地悪にもなっているかも。
ウチの氷河に こんなことができるとは――と、ちょっと新鮮な驚きを覚えつつ(ある意味、大変楽しんで)、話を書かせていただきました。

↑ こういう姿勢って、ファンとしてどうなんだろう? と思わないでもないのですが、そもそも私は氷河と瞬ちゃんの話を書いていられることが嬉しい人間なのですよね。
その上、自分が思いつくネタでは、『新鮮さ』なんて、まず感じることはできませんし。
お題をクリアできないことには申し訳なさを覚えても、この楽しさ嬉しさはいかんともし難いのでした。

んーと、それから。
作中、氷河のマーマの命日に関する会話が出てくるのですが、あれは完全な捏造、フィクションであり、単なる話の都合(作品UPの時季に合わせただけのこと)ですので、よろしくご了承ください。
5月の東シベリア海なら、十分 水温は低いと思いますが、氷河のマーマの亡くなった季節は やはり真冬がふさわしい――と、私は思っています。


そんなこんなで。
今回の話は、要するに、「やっぱり、冷たい人間=馬鹿=傍迷惑な存在だな〜」と、しみじみ笑いながら書いた話。
どこから何をどう見ても、氷河の お馬鹿さんな面ばかりが強調されていますが、「冷たい=馬鹿」ということを前提にして書かれた話であれば、これはこれで正しいのだと思います(←開き直りです)。

ですが、どんなに理屈をこねたとしても、この話が 鈴木さんのご希望に沿ったものでないことは明白な事実。
鈴木さんには お詫びのしようもありません。
いつか、冷たい氷河をカッコよく書く理屈を見付けられたなら、その時こそ、いただいた お題に沿った話を書かせていただきたいと思います。
今回は、寛大なお心を用意して お読みいただけますよう、よろしく お願い申し上げます。





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