厚意から出たこととはいえ、自分が氷河と星矢に嘘をついてしまったのは紛れもない事実である。
瞬は もちろん二人に謝るつもりだった。
が、その際、彼等に本当のことを白状するわけにはいかない。
この不始末を どう言い訳したものかと悩みつつ、瞬が向かった城戸邸ラウンジ。
そこには、龍座の聖闘士と白鳥座の聖闘士がいた。
謝るのなら、氷河と星矢それぞれに 第三者のいないところでと考えていた瞬は、部屋のドアの前で入室をためらうことになったのである。

「それは……悪い誤解をされているのではないか」
「やはり そう思うか」
「他に考えようがない」
「考えたくもないことだが」
「それはそうだろうな」
肘掛け椅子のアームに片肘をついて嘆息する氷河を見やり、紫龍が微かに苦笑する。
氷河と紫龍の会話は、氷河と星矢のそれとは違って、用いられる言葉の数が極端に少なく、二人はそれぞれの感情も ほとんど表に出していなかった。
だが、二人はその言葉の少ないやりとりで、互いの考えていることが ほぼわかり合えているらしい。
星矢といる時とは違い、すっかり落ち着いている様子の氷河が、ただ一つ 星矢とのやりとりの時と変えていないのは、やるせなげで 耐え難い苦痛に懸命に耐えているような溜め息だけだった。
それだけは同じだった。

「まったく、どいつもこいつも……」
おそらくは、思い通りにならない恋を嘆いている氷河の溜め息を、
「苦労は察する」
紫龍が、少ない言葉で慰撫する。
そんな紫龍に、氷河は浅く頷き――二人のやりとりは ただそれだけだった。
二人は それきり、二人のいる室内が沈黙に支配されることに気まずさを覚えている素振りもなく、無言になった。

そんな二人の態度が、瞬には ひどく親密なものに感じられたのである。
そして、瞬は思い出したのだった。
命をかけた戦いを氷河と共に戦ってきた仲間というのなら、それは紫龍も同じなのだということを。
もしかしたら、氷河の好きな同性の相手というのは、星矢ではなく紫龍だったのかもしれない。
自分は大変な勘違いをしていたのかもしれない――と、瞬は思った。

氷河の同性の恋の相手が紫龍だというのなら、氷河が彼に思いを告白できないことにも納得がいくのだ。
紫龍には、彼を待っている人がいる。
その女性は、日本人ではないにもかかわらず大和撫子の鑑ともいうべき女性で、強く健気で善良であり、しかも心優しい。
氷河はおそらく、その健気な女性を傷付けることはできないと考えて、紫龍に自分の思いを伝えられずにいるのだ。
だとしたら、同様に彼女を傷付けたくないと願っているはずの紫龍も、氷河の気持ちに気付いていながら気付いていない振りをしている――ということも考えられる。
十中八九、そうに違いなかった。
短い言葉のやりとりどころか、沈黙の中ででも互いを理解し合えているような二人。
その二人が、互いの恋の感情だけを読み取れずにいるということはありえない。
そんなことは不自然である。

瞬は――瞬も、紫龍を待っている健気な人を傷付けるようなことはしたくなかった。
そんなことはしたくなかったのだが、それ以上に――瞬は、氷河に幸せになってほしかったのである。
瞬は、その夜、紫龍の部屋に向かった。






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