泣きながら自室に戻り、瞬はそのままベッドの上に突っ伏したのである。
体中の血が涙になってしまったのではないかと思えるほど、瞬の涙には際限がなかった。
涙が止まりかけるたび、瞬は、自分が不幸で悲しいことを思い出し、また新たな涙を流した。
自分には何の力もないことを泣き、氷河の好きな人が自分ではないことを泣き、氷河を幸せにできる人間が自分でないことを泣き、自分で自分を苦しめるようなことをしている自らの愚かさを泣き――瞬は最後には、自分の涙が止まらないことにさえ泣いたのである。

止まらない涙――。
やがて瞬は、なぜこの涙は止まらないのかということを考え始めたのである。
そして、瞬は、あることに思い至った。
これまで自分が、氷河の恋のため、氷河の幸せのためにしているつもりだったこと。
それらは もしかしたら本当は、ただ自分のための行為だったのではないのだろうか――と。
氷河への恋を諦めきれずにいる自分の心を見詰めるほどに、瞬の中で、その考えは大きくなっていった。

それは すなわち、これまで自分がしてきたことはすべて、実は、氷河に振り向いてほしくて、そうなることを期待していたからこその行為だったのではないかという考えだった。
氷河の恋が実らなかった時、彼を恋する哀れな人間がひとり 彼の側にいることに氷河が気付いてくれたなら――。
その時に、氷河が、彼の恋と幸福のために尽力した哀れな人間を“優しい”と思ってくれたなら。
そして、そんな哀れで優しい人間に、氷河が同情してくれたなら――。

万に一つの可能性ではあるのだろうが、その時、この恋が実ることがあるかもしれない――。
心の奥のどこかで、自分はそうなることを期待していたのではないか。
哀れな恋に泣く人間の涙が止まらないのは、自分のそんな未練を、“瞬”という人間の無意識の領域が気付き嘆いているからなのではないか。
そんな“瞬”の未練と浅ましさを、“瞬”の涙は悲しんでいるのだ――。

そう、瞬は思った。
そして、本当に自分が氷河の幸せを願っているのなら、この涙は止められるはずだと。
そう、瞬は思ったのである。

かなりの時間はかかったが、瞬は自分の意思で、自らの涙を止めることができた。
ただただ、氷河の幸福を願う心によって。






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