黄金聖闘士たちの脳を侵している流行病は、一向に収束に向かう気配を見せなかった。
それどころか一層勢力を強めるばかり。
病の発症から10日後には、決断のための時間は十分に与えたと言わんばかりに、教皇の間に瞬を呼びつけ、
「そろそろ、我々の中から誰か一人を選んでくれないか。もちろん、私だな、アンドロメダ。二人で情熱的な愛の一夜を過ごそうではないか」
などという馬鹿げたことを言って、瞬に“答え”を迫ってくるありさま。
そんな軟派なことを真顔で言って瞬に迫っているのが、アクエリアスのカミュなのである。
氷河は泡を吹いて倒れてしまいそうだった。

あげく、カミュより真面目くさった顔をして、
「一人にしぼれないというのなら、我々全員が君のお相手を務めてもいいのだが、それでは君の身体がもたないだろう」
と言ってのけるのが、仮でも偽でも元教皇だった男。
自他共に認める楽観主義者の星矢でも、これは世を儚みたくなる事態だった。

希望の闘士たるアテナの聖闘士の、揃いも揃って どんよりした顔。
瞬は、そんな仲間たちを見ていたくなかった。
本当に見たくなかった。
だから、瞬は意を決したのである。
尊敬しなければならない目上の人が相手だからといって、いつまでも無抵抗主義を貫き、嵐が過ぎるのを待ってはいられない。
そんなことをしていて、嵐が過ぎ去る前に仲間たちが倒れてしまったら、瞬は泣くに泣けなかった。
だから、瞬は、仲間たちのために、日頃 信奉している長幼の序・君臣の義を放棄する決意をしたのだった。

「カミュ先生」
一度 唇をきつく噛みしめてから、瞬は、氷河の師の前で敢然と顔をあげた。
「先生はいらない。カミュで結構だ」
「いいえ、カミュ先生。僕は――僕は、十二宮での戦いのあと、あなたを失った氷河が どれほど苦しんだのかを知っています」
「なに……?」
「氷河はずっと苦しんでた。あなたは決してアテナに叛意を抱いていたわけではないのに、なぜ大恩あるあなたの命を、自分は自分の手で奪ってしまったのかと、氷河は苦しみ、悔やみ――」
「それは――」
「氷河は、あなたがアテナのために戦えなかった分も自分が戦うことこそが あなたの恩に報いるただ一つの道と、やっと前向きな気持ちになれたところなんです。お願いですから、これ以上、氷河を苦しめないで」
「私は――」
カミュは、瞬に何事かを言おうとした。
だが、瞬の必死そのものの瞳を見、氷河を見、彼はそのまま黙り込んでしまった。

「アフロディーテ。あなたを倒したあと、僕は後悔しました。時間をかけて説得すれば、あなたはきっと、アテナの聖闘士としての あなた自身を取り戻してくれたはずなのにと。なのに、僕に時間がなかったばっかりに、あんなことになってしまった」
「君は何を言っているのだ。私は君の師の命を奪った男なのだぞ」
「それでも後悔しました。僕は戦うべきではなかったのだと思った。時間さえあれば、あなたはきっとわかってくれたはず」
「……」
瞬の訴えを、アフロディーテがどう思ったのかは、その場にいる誰にも――少なくとも青銅聖闘士たちには――わからなかった。
瞬の考えを甘いと内心で嘲笑ったのか、あるいはそれは正鵠を射たものだったのか。
いずれにしても、カミュに続いてアフロディーテもまた沈黙した。

「シュラ。紫龍も氷河と同じです。本当は誰よりもアテナのために戦いたかった あなたの命を奪ってしまったことを、紫龍がどれほど悔やんだか、あなたに わかりますか。紫龍は今でも、あなたはアテナに最も強い忠誠を捧げていた最高の聖闘士だったのだと信じています。紫龍を幻滅させないで」
「それは……も、もちろん、俺がアテナに誓った忠誠は、以前も今も変わるものではない」
「ええ、僕だって、そう信じています。あなたは紫龍が信じ尊敬している人なんだもの」
「む……」
続いて、シュラが沈黙。

「デスマスクさん」
「デスマスクさん・・ぅ?」
「すみません、本名を知らないので、どう お呼びすればいいのかわからなくて……。でも、あなただって、黄金聖闘士たちの仲間として、こうして ここにいるんです。十二宮での戦いの時には、ほんの少し 何かを間違えてしまっただけなんですよね?」
「この俺がそんな可愛いものであるはずが――」
「僕は、あなたを信じます。だって、アテナのために戦った黄金聖闘士たちの中に、あなたは こうして自然に溶け込んでいる。アテナのために戦った黄金聖闘士たちが、あなたを仲間と認めているんです。あなたの仲間たちは、僕みたいな子供よりずっと人を見る目は確かだと思います」
「……」
彼の仲間たちをひと渡り見まわして、デスマスクも沈黙。

最後に瞬は、仮でも偽でも元教皇、サガの前に立った。
「サガ。あなたがいちばん苦しんだ」
「私は――」
「僕にはわかります。あなたがいちばん苦しんだ。だから、もう苦しまないで」
「……」
そうして、サガも沈黙。

ここにいてはならない男たちが全員沈黙すると、瞬は、再び彼等を順々に切ない目で見やり、見詰め、訴えた。
「僕たちが、あなた方のアテナを守ります。命をかけて守ります。だから、もう――安らかに静かに休んでください。お願いします」
瞬が深々とサガたちに頭を下げると、生きている黄金聖闘士たちもまた、瞬の前で沈黙してしまったのだった。


彼等はわかってくれたはずだと、瞬は思ったのである。
彼等の沈黙は、彼等が馬鹿な病気から脱してくれたがゆえの沈黙なのだと、瞬は信じた。
だが――。

「さすがはアンドロメダというべきなのだろうな」
「悪い子ではないな」
「それは最初からわかっていた」
「デスマスクさんだってよ。笑わせてくれるぜ。この俺を信じるとか何だとか、あのガキ、少しアタマが足りねーんじゃないのか」
「おそらくな。アタマも足りないが、欲も猜疑心も足りない。何より、汚れが足りない」
「うむ」
「であればこそ、我々はここで 安穏と死の眠りの中に戻るわけにはいかないだろう」
「確かに、あの素直さ、可愛らしさは驚異的だぞ。余人に渡すのは不本意だ」
「私が言っているのは、そういうことでは――」
「なんだ、違うのか。いや、別に構わんぞ。ライバルが減るのは有難い。聖人君子様は さっさと下りてくれ」
「誰が下りると言ったんだ!」

セリフはそれぞれ、順不同、敬称略、氏名略、重複発言あり。
瞬が一世一代の覚悟で目上の人に逆らった その行為は、生死を問わず 黄金聖闘士たち全員の、瞬に向かう闘志を 更に強めるのに役立っただけだった。






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