黄金聖闘士たちは、瞬にとって、尊敬 だから瞬は、黄金聖闘士たちから下世話なアプローチを受けても、断固として彼等を拒絶することができずにいる。 そんな瞬の 長幼の序を重んじる礼儀正しさにつけ込んで、黄金聖闘士たちはやりたい放題。 黄金聖闘士たちの心無い振舞いに、瞬の心は傷付いている。 このまま事態を捨て置けば、瞬が傷付けられるのは その心だけでは済まなくなるだろう。 瞬を黄金聖闘士たちの毒牙から守ることができるのは、瞬の兄であるおまえだけなのだ――。 氷河にそう言われた一輝は、すぐさま弟の周囲に鉄壁の防御の陣を布いた。 黄金聖闘士たちが瞬の半径5メートル以内に近付くと、それが誰であっても、 「瞬、こっちに来い」 と、弟を呼ぶ。 すると、瞬は、自分に話しかけてくる黄金聖闘士に『失礼します』も言わずに即行で 兄の許に飛んでいってしまうのだった。 一輝にしては 今ひとつ攻撃性に欠ける攻撃ではあったが、それで『黄金聖闘士を瞬から遠ざける』という目的は達成されるのだから、一輝も あえて無駄なエネルギーを消費しようとは思わなかったのだろう。 “仮でも偽でも元教皇”のサガも、“88の聖闘士たちの重鎮”天秤座ライブラの老師も、“最も神に近い男”シャカも、一輝の『瞬、こっちに来い』に勝つことはできなかった。 それもそのはず。 瞬にとって一輝は、誰よりも尊敬し、逆らうことなど思いもよらない、人類最強の“目上の人”だったのだ。 「いい加減にしろ、フェニックス! 君がしていることは、地上の平和のみならず、君の大事なアンドロメダをも窮地に追い込む、危険極まりないことなのだぞ!」 最も神に近い男が その両目を かっと見開いて、四六時中 弟のボディガードについている鳳凰座の聖闘士を怒鳴りつけることになったのは、黄金聖闘士たちが瞬を口説き落とすことはおろか、言葉を交わすこともできなくなってから3日が過ぎた頃だった。 シャカは、彼のすべての同輩たちと共に、青銅聖闘士たちの前に立った。 「瞬を窮地に追い込むとは、どういうことだ」 それまで黄金聖闘士たちが何を言っても(何を言おうとしても)華麗に無視していた一輝が、シャカに尋ね返したのは、彼が『人類最強の兄である鳳凰座の聖闘士も、黄金聖闘士全員を相手に戦って勝つことは困難』という現実的判断を為したからだったろう。 一輝の質問に答えたのは、“偽でも仮でも元教皇”双子座ジェミニのサガだった。 「我々は、冥界で、ある重要な情報に接することができたのだ。――アテナの宿敵である冥府の王ハーデスが、人類の粛清を企てている。彼は聖戦のたびに、地上で最も清らかな魂の持ち主の身体に自らの魂を宿らせ、その人間を自身の傀儡として直接の戦いを戦う。そのハーデスに、当代の彼の魂の器として選ばれたのが、君の大事なアンドロメダだという情報をな」 「瞬が?」 一輝は、自分の弟が地上で最も清らかな魂の持ち主であるという点には、全く疑念を抱かなかったようだった。 その点には一切触れず、彼は、死んだ黄金聖闘士に話の先を促した。 「アンドロメダがハーデスの力に屈することがあってはならない。その身体がハーデスの魂に乗っ取られることがあってはならない。アンドロメダには、ハーデスの魂による支配を撥ねつけるだけの力を養ってもらわなければならないのだ」 「それが、貴様たちが瞬に手を出すことと どう関係があるというんだ」 一輝の反問は至極 当然、かつ自然、かつ必然のものだったろう。 一輝の至極 当然、かつ自然、かつ必然の反問に答えたのは、生きている側の黄金聖闘士の一人、蠍座スコーピオンのミロだった。 「サガたちにハーデスの企みを知らされた我々は、どうすれば地上の平和と安寧を守り、人類の滅亡を防ぐことができるのか、その方法を模索した。その結果、ハーデスの支配を撥ねつけることができるほど強い力は、この地上に恋の力しかないだろうという結論に達したのだ」 「なに?」 「だから、つまり――心身両面でハーデス以外の誰かに執着を持たせることで、アンドロメダにハーデスを拒絶させようと考えたのだ。人類全体や複数の友人に向けられる人類愛や友情とは異なり、恋は、ただ一人の相手にだけ向けられる感情だ。そして、その感情は 恋人以外の人間を拒絶する。つまり、アンドロメダに恋人がいれば、アンドロメダは その恋人以外の存在を――この場合はハーデスだが――受け入れることを強く拒否するだろう。アンドロメダをそういう状態にすることが、我々の目的だったのだ。我々は決して 邪まな思いからアンドロメダへのアプローチを繰り返していたわけでは――」 「瞬は俺の弟だ。弟というものは男と相場が決まっている」 一輝の突っ込みは、これまた至極 当然、かつ自然、かつ必然。 しかし、その指摘は、 「アンドロメダは女に入れ込むタイプではなく、どう見ても、男に可愛がられるタイプだからな」 というアフロディーテの断言によって、不問に処された。 そんなことを断言されてしまった瞬が、微妙に複雑な表情になる。 「黄金聖闘士が束になって迫っていけば、その中に 誰か一人くらいはアンドロメダの好みのタイプがいるのではないかと思ったのだ」 「まあ、我々以上の男は、この地上には まずいないからな」 自信満々で言い切るミロやアフロディーテに、黄金聖闘士たちは誰も異議を唱えない。 黄金聖闘士たちは全員が、謙虚という美徳を備えていない男たちであるようだった。 しかし、瞬の兄には、大いに異議があったのである。 黄金聖闘士たちが それなりの力を持つ男たち男たちだと認めることには、一輝もやぶさかではなかったが、黄金聖闘士たちの男振りなど、一輝の価値観では、彼の最愛の弟の清らかさに比べたら、風の前の塵ほどの価値もないものだった。 「どんな事情があろうと、たとえ地上の平和と安寧を守るためであろうと、貴様等程度の男たちに我が最愛の弟の恋人面をする権利や力はないし、その価値も――」 「……そんなことのために、瞬にまとわりついていたのか」 脱力したような氷河の その呟きがなかったら、一輝は、彼の最愛の清らかな弟が いかに尊く価値ある存在であるのか、それに比して黄金聖闘士たちが いかに卑しく無価値な存在であるのかを、明後日の午後3時まで語り続けていたに違いない。 それを聞かずに済んだのであるから、黄金聖闘士たちは氷河に感謝してもいいくらいだったのだが、彼等は氷河によって もたらされた幸いに気付かなかったらしい。 彼等は氷河に感謝するどころか、氷河の その呟きに非難を浴びせかけてきた。 「そんなこととは何だ、そんなこととは! これは、地上の平和と人類の存亡がかかった、これ以上ないほど重大な大問題なのだぞ!」 黄金聖闘士たちの間では、彼等全員の一致した意見は、サガが代表して発言するのが お約束になっているらしい。 格下の青銅聖闘士の、この仕儀に いかにも呆れ果てているような呟きに、仮でも偽でも元教皇であるサガは、むっとした顔で突っかかってきた。 だが、氷河にしてみれば、それはどう考えても“そんなこと”――無益で無駄で馬鹿げたことだったのだ。 『瞬に恋をさせる』などということは。 その事実を黄金聖闘士たちに知らしめるために――氷河は、瞬の方に向き直った。 そして、真顔で告げる。 「瞬。俺にキスしてくれ」 「えっ」 自分の預かり知らぬところで静かに、だが激しく進展していた聖戦(の前哨戦)。 その怒涛の展開を初めて知らされて、ただただ驚き、冥府の王の企みに恐怖を感じることもできずにいた瞬は、氷河の突然の要求に、一瞬 虚を衝かれたような顔になった。 それから、僅かに顔を伏せ、上目使いに周囲を見まわしてから、小さく首を横に振る。 「そんな……こんな、みんながいるところで」 「でないと、こいつらは、いつまでもおまえを追いかけまわす。おまえも、人類の存亡がかかった大きな戦いの前に、こんな馬鹿げたことで気力体力を消耗したくはないだろう」 「それは……もちろん、そうだけど――」 氷河の説得は、効果的なものだったらしい。 瞬は、黄金聖闘士たちにまとわりつかれる日々に、心底疲れを感じていたらしい。 まもなく意を決したように唇を引き結び、瞬は、その場で爪先立って、すぐ横にいた氷河の頬に、恐ろしく素早く短いキスをした。 聖闘士ならではの、超高速のキス。 氷河は、しかし、その 素早すぎ短すぎるキスに満足できなかったようだった。 「そんなキスでは、この馬鹿共は納得しない」 言うなり、氷河が瞬の腕を掴み、その身体を抱き寄せ、抱きしめて、瞬の唇に自分の唇を重ねる。 それは すぐに唇が重なっているだけのものではなくなった。 氷河のキスが深まるにつれて、瞬の上体は徐々にのけぞり――氷河の勢いに負けて倒れてしまわないために、瞬の腕は氷河の背にしっかりと絡み しがみつくことになった。 「ん……ん……っ!」 人類の存亡がかかった大きな戦いの前に 馬鹿げたことで瞬の気力体力を消耗させないという正当な目的のためなのか、あるいは単なる趣味なのか、氷河のキスはどんどん激しさを増していく。 その上、彼は、瞬の脚の間に自らの膝を割り込ませるという、隠微な行為にまで取り組み始めた。それかあらぬか、瞬の表情が、苦しんでいるのか陶然としているのかの判別の難しい、切なげなものになっていく。 しかし瞬は、決して氷河の腕や身体を 自分から引き離そうとはしなかった。 「ああ……」 やっと氷河の唇から解放された時、瞬の唇が洩らした溜め息は、誰がどんな聞き方をしたとしても、絶対に不快のそれではなかった。 「まさか、この先も見物したいとは言わないだろうな」 長いキスの余韻に酔い、すぐには目を開けることもできずにいるらしい瞬の表情を確かめてから、氷河が黄金聖闘士たちに尋ねる。 「こ……この先とは……」 「俺は構わんぞ。見物人ごときに萎縮する俺ではない」 「ぼ……僕はいや……!」 手足の筋肉だけでなく、五感や精神力だけでなく、心臓や肺といった器官も、常人に比べれば はるかに鍛えられたものを持っているはずの瞬が、息をするのも苦しげな様子で、氷河の言に異議を唱える。 瞬はまるで氷河にエネルギーを吸い取られでもしたかのように、頼りない様子になっていた。 「こ……これは、まさか……つまり、君たちは行くところまで行っているということか」 乙女座バルゴのシャカが、彼らしくなく どもりながら、氷河を問い質す。 「だから、瞬は俺のものだと言っただろう」 氷河は、あっけにとられている黄金聖闘士たちを見下すような目で見やり、高慢に顎をしゃくってみせた。 素直に この事実を認めることができないでいるらしい黄金聖闘士たちが、そんな氷河に噛みついてくる。 「し……しかし、我々が束になってかかっても落とせなかったアンドロメダが、おまえのようなヒヨッコに……!」 「そーだ! どう考えても おかしいじゃないか! アンドロメダは、おまえみたいなクチバシの黄色いヒヨッコのどこがいいんだ!」 「クチバシは黄色くでも、俺の身体の他の部位は極めて優秀なんでな」 「……」 黄金聖闘士たちは、当然のことながら、氷河の身体の極めて優秀な部位がどこなのかを知らなかった――知りたくもなかったし、考えたくもなかった。 が、瞬が氷河の発言に物言いもつけず、頬を真っ赤に染めて 顔を伏せてしまったところを見ると、瞬が ヒヨコを好きでいるということは、ヒヨコのひとりよがりな思い込みではなく、確かな事実のようだった。 氷河の身体の極めて優秀な部位がどこなのかということについては知りたくも考えたくもなかったが、二人が行くところまで行っているというのも紛う方なき事実であるらしい。 その事実に愕然としつつ、それでも黄金聖闘士たちが その場に踏みとどまり続けたのは──驚きのあまり卒倒することも、空しさのあまり その場から退散することもしなかったのは──地上の平和と安寧を守るアテナの聖闘士としての使命感が、彼等の中に確固として存在していたからだったろう。 何があっても──優れた者が必ずしも勝利を得るわけではないという人生の真理に打ちのめされても、努力が必ず報われるわけではないという人生の冷酷に 為し難さを覚えても──冥界との聖戦が始まる前に確認しておかなければならないことが、彼等にはあったのだ。 「アンドロメダ。君の知らない何者かが君の身体を支配しようとしたら、君はどうする」 黄金聖闘士たちは、『たとえ それが誰であろうと、僕は僕の身体を受け渡すようなことはしません。僕は命がけで抵抗します』といったような答えを期待していた。 期待するまでもなく、そういう答えが返ってくるものと信じていた。 しかし、瞬から帰ってきた答えは、 「そんなことになったら、僕、氷河に嫌われちゃう……」 というもの。 恥ずかしそうに |