星矢に告げた通り、瞬は翌日には仲間たちの許に帰ってきた。
「なぜ一人で、よりにもよって今、シベリアなんかに行ったんだ」
瞬に今回の無謀の訳を問い質す氷河の語調が厳しいものでも優しいものでもなくなったのは、シベリアから帰ってきた瞬の表情が不自然なほど 幸せそうに見えたからだった。
まるで自分が何をしたのかが わかっていないように、瞬の瞳には罪悪感も反省の色も浮かんでいなかったのである。
瞬の無謀に腹を立て、また瞬の身を深刻に案じていた自分の方が おかしいのではないかと疑いそうになるほど、氷河は 瞬の上に罪の意識というものを見てとることができなかった。
氷河の糾弾―― 一応 氷河は糾弾したつもりだった――に対する瞬の答えも、ひどく緊張感のない のどかなものだった。
瞬は、ひたすら穏やかで温かい目をして、
「もう春になったかなあ……って、それを確かめに行ってきたの」
と答えてきたのだ。

「なに?」
どれほど深刻な事情があったのかと身構えていた氷河に、この のんびりした答え。
氷河は一瞬――もとい、優に1分、瞬の前で ぽかんと呆けてしまったのである。
その1分間が経過したあと、それが瞬の無謀の本当の理由であるはずがないと――と思い直す。
そんな のんびりした理由で、こんな無謀こんな危険ができる瞬ではないのだ。
そう思い至ると、氷河は、瞬の無謀には 命をかけた戦いを共にしてきた仲間にも言えないほど深い事情があるのではないかと案じ、疑うことになった。

「いくら何でも、それは気が早すぎるだろう」
「そうだったみたい。まだ あそこは真っ白な世界だった」
しかし、氷河に向ける瞬の表情は、あくまでも穏やかで やわらか。
瞬の その穏やかさは、逆に氷河に不安を運んできた。
「瞬……本当のことを言ってくれ」
氷河が瞬の無謀の訳を尋ねるのは、既に、怒りのためではなく、瞬の身を案じるからだった。
氷河の沈痛な表情を認め、それまで ひたすら幸せそうな目をしていた瞬が、初めて その周囲に緊張感と深刻さを漂わせる。

「僕が生きるため……僕が 氷河たちの仲間として戦い続けるためだよ」
そう言って、瞬が氷河の胸の中に、その細い身体を預けてくる。
「ごめんなさい。でも、僕は、氷河たちと戦い続けたかったの。それができる僕でいたかった」
瞬に つらそうな声で訴えられ、結局 氷河は、瞬に無謀の訳を尋ねることも、瞬を責めることもできなくなってしまった。


『氷河たちと戦い続けるために、どうしてもシベリアに行かなければならなかった』
そう言った瞬は、実際、その後、氷河たちの仲間として“敵”と戦うことを続けた。
決して好戦的になったわけではない。
シベリアから帰ってきた後の瞬の戦い方は、たとえて言うなら、敵を倒すたび、敵に勝利するたび、瞬の中に蓄積されてきた苦痛や傷心、罪の意識、悲しさ等のものがリセットされ、新しい瞬に生まれ変わって新しい戦いを始めたような戦い方だった。

そんな瞬に、氷河は違和感を感じた。
何かがおかしいと、何かが違うと、思いはした。
だが、瞬が変わったのは その戦い方だけで、その気質は優しいままだったので――氷河は瞬に その戦い方の変化の訳を尋ねるわけにはいかなかったのである。
そんなことをして、瞬の戦い方が 以前の、見ている方が苦しくなるような戦い方に戻るようなことになってしまったら――と、それを案じるとどうしても。
瞬は、以前と変わらず優しいままでいるのだ。

雪と氷以外には何もない真冬のシベリアの光景が、瞬の心に何をもたらしたのかは わからないが、瞬がそれで以前より苦しまずに戦うことができるようになったのなら、現状を旧に復すようなことはすべきではない。
瞬は瞬のまま、戦い方の他には何も変わっていないのだから。
自分の割り切れない気持ちや得心のいかなさを解消するために 瞬を問い詰めるようなことはすべきではないし、してはならない。
そう、氷河は考えた――自身に言いきかせた。






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