瞬は変わってしまった。
氷河のその思いを確信に変えたのは、久し振りに城戸邸に戻ってきた一輝に甘える瞬の姿を見た時だった。
これまで、兄を慕う瞬を 腹の底から好ましいと感じたことはなかったし、瞬に慕われる一輝に妬心を覚えたことも幾度かあった。
それでも、氷河が 瞬と一輝の前で あからさまに不機嫌になってみせたり、妬心を むき出しにすることがなかったのは、兄を慕い 兄の側にいる瞬の態度に 遠慮のようなものがあったからだった。
氷河に対する遠慮ではない。
兄に対する遠慮である。
瞬は、完全に屈託なく兄に甘えるということをしない弟だった。
自身の弱さのせいで 兄を苦しめたという罪悪感のゆえに。

だが、今の瞬は――変わってしまった瞬は――自分が兄を苦しめた過去に対する罪悪感を忘れてしまっているようだった。
氷河には、そう見えた。
そういう瞬の振舞いは、ある意味では、一輝に心があることを 瞬が認めていない――忘れてしまった――も同然のことで、それは全く瞬らしくないことだった。
氷河の好きな瞬のすることではなかった。


瞬が変わってしまったこと、瞬が 自分の好きだった瞬でなくなってしまったこと――に、氷河が耐えられなくなるのに 長い時間はかからなかった。


「おまえは変わってしまった。俺が好きになった おまえは優しくて――本当の意味で優しい人間だった。おまえはいつも戦いに傷付き苦しんでいて、戦いの真の意味も真の厳しさも知っていた。その上で、人の心を思い遣り、敵の心さえ思い遣ることをしていた。今のおまえは、俺が好きになったおまえじゃない」
「氷河……」
氷河は、瞬に元の瞬に戻ってほしいと願い、そのために あえて厳しいことを言ったのだが、瞬は、それまで『ただひたすら甘く』を心掛けていた氷河の態度の豹変に驚愕し、衝撃を受け、そして傷付いたようだった――ただ驚き傷付いただけだった。
いつもは無理でも、できるだけ笑っていてほしいと 氷河が願っていた瞬の瞳に、涙の膜がかかる。

だが、氷河としては、他に仕様がなかったのである。
氷河が瞬に常に甘く接していられたのは、そうしなければならないほど、瞬が自分に厳しかったからだった。
すべての人間が、それぞれの正義や幸福の理想を持っていること、すべての人間が心を持っていることを知っている瞬。
瞬は、その、心を持つ者たちと戦い、彼等を倒さなければならなかった。
そんな戦いを戦い続けることを罪と考え、自分の罪を実際以上に、必要以上に深く大きなものと感じ、自分を責める瞬。
氷河が甘やしてやらなければ、瞬は、自分で自分の心を傷付け壊してしまいかねない。
瞬がそういう人間だったから、氷河は安心して瞬に優しくしてやることができた。
安心して、『ひたすら甘く』接していられたのだ。
だが、今の瞬に『ひたすら甘く』接することはできない。
それは危険なことですらあった。

「氷河……」
泣きそうな目をした瞬に、すがるように名を呼ばれても、氷河は瞬を抱きしめてやることはできなかった。






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