シベリアの空は晴れ渡っていたが、北欧アスガルドの地にあるワルハラ城の周辺は、今日も灰色の重たい雲に陽光を遮られていた。 「ドルバル様、何を笑っておいでです。何か楽しいことでもあったのですか」 滅多に笑うことのない、たまに笑うことがあったとしても、その瞳は灰色の色がかかっているように どんよりしていることの多い教主ドルバルが思い出し笑いをしている(ように見える)。 北欧オーディーン神の地上代行者であるドルバルの神闘士ロキは、少々意外の念をもって、彼の主人に その笑みの訳を尋ねた。 機嫌が悪い時には、ご機嫌伺いと大差ない そんな問い掛けにも露骨に不快感を示すドルバルが、今日は よほど機嫌がいいのか、部下の質問に答えてくる。 「先日、余への反逆を企んで露見し、このワルハラ宮から逃亡した者たちがいただろう。その首領格の男の一人を 北の果てまで追っていって、思わぬ実験ができた」 ドルバルの言う『実験』とは いかなる実験か。 本来なら そのことを問うべきだったのだろうが、ロキにそれを許さなかったのは、実験の前提としてドルバルが口にした諸々のことが彼の認識とは異なっていたからだった。 「反逆者を追って? ドルバル様はずっとこちらにおいでだったではありませんか。だいいち、あの反乱の際、このワルハラ宮の外にまで逃げることのできた者は一人もおりません。あの反乱に加担した者は すべて神闘士が捕え 処刑いたしました」 自信満々で主張してくる神闘士を、ドルバルは一瞬 不快そうに睥睨した。 しかし、すぐに、その瞳から はっきりした蔑みの色を消し去る。 「まあ、よい」 低く そう言って、彼は、ゆるやかに のたくる大蛇のような所作で、肘掛け付きの長椅子に 気怠げに その身を寄りかからせた。 「最も純粋で汚れなく罪の意識が強い者、雑念が少なく理想を追い求め続ける者――。そういった者の心の方が操りやすいと思っていたのだが、そういう人間は、屈折したものがなく純粋すぎる分、迷路から抜け出す扉を見付け出すのも早い。洗脳自体は清らかな者の方がしやすいが、そのターゲットには、俗な欲を持ち、もっと自己保全の術や狡猾さを備え、入り組んだ心を持った者の方が適しているようだな」 「は……?」 「たとえば、あの白鳥座の聖闘士のような」 「ああ、聖域支配のための策を練っておいででしたか」 ドルバルは、己れの考えをすべて部下たちに伝え、理解を求めるタイプの支配者ではない。 だが、彼の力の強大無比なことは疑いようがない。 その考えなど知らされずとも、ドルバルの力はロキにとって十二分に信頼に値するものだった。 「その時の来るのが楽しみです。その時には、この北欧アスガルドの地に 本当の春がやってくることになるでしょう」 「そうであればよいがのう――」 春の到来など望んでいない。 北欧アスガルドの神オーディーンの地上代行者は、凍てつく雪と氷で世界を支配する。 言葉にはせずに そう思い、教主ドルバルは、ゆっくりと眠たげに、今は その目を閉じた。 Fin.
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