いよいよ氷河の狙いのマスが、彼の射程圏内に入ってきていた。 すなわち、『恋の告白の返事をもらう』のマスが。 『海底神殿の7つの柱が復活する』『グレイテスト・エクリップスが実現する』のマスに比べれば、ごく小さなマス。 そのマスには、ゴマ粒ほどの小さな文字で、補足事項が書かれていた。 『答えがOKだったら、告白の相手とキスをする。NOだったら、3回休んで、失恋の痛手を癒す。告白する相手がいなかったら、10戻る』。 一足飛びに そのマスに達したいのであれば、出すべき数は11。 そして、氷河は、もちろん、5・6の11を出してのけたのである。 「瞬、俺はおまえが好きだ」 彼の駒であるキグナスフィギュアが 問題のマスへの移動を完了するなり、氷河は瞬に告げた。 「僕も、氷河、大好き」 瞬から、即答が返ってくる。 即答後、瞬は数秒間、キツネにつままれたような顔をしていた――我が身に何が起こったのかが わかっていないように、きょとんとした顔をしていた。 その数秒間ののち、瞬の頬が一瞬で真っ赤に染まる。 「い……いったい、なに? 僕、今、何を言ったのっ !? 」 「氷河を好きだって言ったみたいだったけど」 星矢は瞬に問われたことに 他意なく事実を答えただけだったのだが、その答えは瞬を恐慌状態にした。 「あ……あ……」 星矢を見、紫龍を見、最後に 恐る恐る氷河の顔を覗き込み、そこで 嬉しさを隠しきれずにいる男の青い瞳に出会った途端、瞬は掛けていたソファから立ち上がり、仲間たちの目のないところに逃げようとした。 しかし、瞬は そこから逃げ出すことはできなかったのである。 どんな事態にも素早く対処できるように万全の態勢を整えていた氷河に、その手を掴まれてしまったせいで。 「瞬。OKだったら、キスをすることになっている」 瞬の混乱を煽らないように、なるべく感情を表に出さずにいようと努めているのだろうが、そう告げる氷河の声には、抑えきれない歓喜の響きがにじんでいる。 「え……?」 「すべきことをしないと、先に進めない」 「そ……そんな……」 「これは、アテナの聖闘士の宿命だ。果たさなければならない義務にして宿命だ」 「だ……だからって……」 神々が作った双六ゲームの否応ない力によって、瞬は氷河の恋の告白に答えを返した。 もちろん、その答えは真実のものであって嘘ではない。 瞬は事実、このゲームを始める前から氷河を好きだった。 それは、他の仲間たちに感じている“好き”とは 何かどこかが違う“好き”で、確かに特別な“好き”だった。 だが、それを、瞬は、たった今 双六ゲームの力によって知らされたばかりなのだ。 普段は ごく普通の仲間として接していられるのに、時折――氷河に見詰められていることに気付いた時や、戦場ではない場所で二人の手が触れ合った時に――訳もなく鼓動が速まり、頬がほてり、胸に痛みを感じたり、無性に氷河の側から逃げ出したくなったりする この“好き”が、“恋”などという一つの俗な単語で言い表わされる感情だったということを。 その事実を受けとめ 自分に言いきかせるためだけにでも、できれば1ヶ月は時間がほしいところなのに、告白が済んだら ただちにキスとは、ギリシャの神々は なぜそんなに性急なのだろう。 彼等はなぜ、原因と結果を距離を置かずに並べておこうとするのか。 恥じらいや戸惑いや ためらいといった繊細な感情によって 憤りとも遺憾とも苛立ちとも言い難い気持ちに、瞬は支配されていた。 さすがに氷河は 日本での暮らしが長いせいか、ギリシャの神々よりは、日本人の風雅と恥じらいの心を理解してくれているらしい。 彼は、ギリシャの神々のように結論を急かすようなことはせず、黙って待っていてくれた。 瞬が、相思相愛の恋人とのキスを決意する時を。 5分、10分、15分――。 氷河は、迷い戸惑う瞬を見詰め、無言で瞬の決意の時を待っている。 この問題の第三者であることをしっかり自覚できているらしい星矢と紫龍もまた、告白を終えたばかりの恋人同士に口を挟む不粋に及ぶようなことはせず、事の成り行きをじっと見守っている。 待つ時間は苦にならないのに、人を待たせていることには焦慮と申し訳なさを感じる瞬には、彼等を待たせている時間が1年にも2年にも感じられ、心苦しさが募り――結局、瞬は、時間と 氷河の無言の凝視と 仲間たちの沈黙が作りだす重圧に負けてしまったのだった。 泣きたい気持ちで、氷河の前で小さく頷く。 そのまま俯いてしまった瞬の首筋に氷河の手がのびてきて、瞬は、その手の熱さに驚き、つい顔をあげてしまったのである。 ギリシャの神々に比べれば日本人の心を知ってくれている氷河が、その眼差しで『本当にいいのか』と尋ねてくる。 瞬は、覚悟を決めて、目を閉じるしかなかった。 |