瞬は、賓客として北の公爵家に滞留することになり、氷河は その事態を素直に喜んだ。
そして、氷河は、宿敵の弟と同じ場所で同じ時間を過ごすようになってまもなく気付くことになったのである。
瞬の姿形の造形は確かに美しいが、瞬の最大の魅力は、その表情と眼差しにあるのだということに。
外見の端正というのなら、瞬以上に整った顔立ちの人間は、この広い世界にいないことはないだろう。
だが、その者が、瞬以上に澄んだ瞳を持ち、瞬以上に優しく やわらかい表情を有していることはあるまい。
瞬は、その存在自体が快かった。
いつも いつまでも側にいてほしいと思う、ある種の引力のようなものを持っていた。
誰をも許し、愛し、受け入れてくれるだろうと感じさせる雰囲気と空気を。

たとえどれほど美しい人間がいても、その人間が自分を嫌い拒否していると感じれば、人は その人に好意を感じることはできないだろう。
その美しさを、冷たさ、険しさ、醜さに変えてしまうことも、人の心は容易にできてしまう。
しかし、瞬は、誰かを拒絶しているような印象を人に与えることが全くなかった。
瞬を薔薇よりも百合よりも美しいと称える噂が市井に流布することになった原理が、氷河にはわかるような気がしたのである。
自分に好意を抱いてくれている人を、人は他の何より美しいと感じるものなのだ。

瞬の楽観を信じ切れず、不安の念を隠そうともしなかった紫龍や北の公爵家の家令も、その点は例外ではないらしく、彼等も瞬には好意を感じ、また瞬が美しいことにも異論を抱いてはいないようだった。
彼等は瞬には至って親切だったし、瞬が北の公爵の城に滞在していることも歓迎しているようだった。
彼等が信じられないのは瞬自身ではなく、瞬以外の人間の動向の方だったのだ。

そして、もちろん、彼等の不安は的中した。
彼等も、氷河も、瞬も想像していなかった形で。






【next】