星矢は、逃げ込んでくる瞬のために門と玄関のロックを外しておいてくれた。 おかげで瞬は、呼び鈴を鳴らすことなく、いかにも自宅に帰った家人の 星矢の家には、紫龍もいた。 瞬や星矢より2学年上の先輩なのだが、星矢と共に幼い頃からの馴染みで、目上なのに 瞬が敬称をつけずに その名を呼ぶ唯一の上級生。 高校3年 18歳という年齢にもかかわらず 30男の貫禄を有する幼馴染みが その場にいるのを見て、パニック状態に陥りかけていた瞬の気持ちは、少し落ち着くことになったのである。 「おまえが まけないほど熟練のストーカーが出現したと聞いて、ぜひ ご尊顔を拝したいと思ってな。ついてきているか」 「うん」 二階の窓のカーテンの陰から、紫龍が外を見る。 瞬は恐くて 窺い見る気にもなれなかったが、問題のストーカー男は、物陰に身を隠すこともせず、堂々と星矢の家の門前に立っているらしかった。 「金髪か。あの体格から察するに自前だな。スラヴかゲルマンだろう」 「金髪? へー、瞬の人気も いよいよ国際的じゃん。どこだよ」 星矢が、フローリングの床を擦り膝で窓際に寄っていく。 紫龍に視線で示された場所に立つ男を見て、星矢は大きく顔を歪めた。 「顔の造作まではちゃんと確かめられないけど、あれなら、瞬を追いかけまわさなくても 女には もてまくりなんじゃないか? カッコにも挙動にも特におかしなところはないし」 ありきたりな白のYシャツに、黒のパンツ。 ストーカー男の出で立ちは極めて普通。 少なくとも、見た目には変質者の片鱗はない。 それは瞬も知っていた。 だが、だからこそ、瞬は彼が恐かったのである。 彼が、自分の接し慣れた未熟なストーカーたちとは全く異質な人間であることが。 男を熱心に観察して喜ぶ趣味はないらしく、星矢がすぐに部屋の中央に戻ってくる。 そうしてから星矢は、ガラステーブルの脇に正座している瞬の姿を まじまじと見詰め、嘆息した。 「おまえだって、男子の制服 着てるのになー。我がグラード学園高校は、全国的に有名な名門男子校だぞ。誤解なんかしようもないのに」 「その名門男子校にさえ、瞬に いかれている輩はいくらでもいるからな」 「校内の奴等は仕方ないだろ。女っ気が全然ないところに 絶世の美少女がいるんだから」 「動くぞ」 カーテンの陰からストーカー男を見張っていた紫龍が、低い声で合図を送ってくる。 「自宅を突きとめたと思って、いったん退くことにしたのか?」 「とんでもない。そんなマトモなストーカーじゃなさそうだ。ここに来る」 「なにぃ !? 」 星矢が巣頓狂な声をあげるのと、来客を知らせるチャイムが鳴るのが ほぼ同時。 星矢は 異例尽くしのストーカーに感嘆し、短く口笛を響かせた。 「こういうの、正攻法っていうのか? ストーカー的には、むしろ邪道なんじゃね?」 「まあ、自分が社会的に褒められないことをしているという自覚があるなら、もう少し こそこそするだろうな。こういうことが平気でできる男というのは、逆に危険かもしれない。自分が真っ当なことをしていると信じ込んでいそうだ」 紫龍の憂い顔を見上げ、瞬が身体を震わせる。 たかがストーカーに、これほど怯える瞬を見るのは、星矢はこれが初めてだった。 確かに敵は尋常の敵ではない。 街中で瞬を見かけて追いかけてくる男たちは皆、軽い乗りの面食いばかりだという先入観は捨てた方がよさそうだと、星矢は思った。 「安心してろ。俺が ちょちょいっと追い返してやるから」 瞬を不安がらせないために、意識して明るく そう言って、星矢は自室を出たのである。 インタフォンのモニターに映る来客の顔は、作り物かと思うほど整っていた。 男子高校生のストーカーになどならなくても、この男は女に不自由することはないだろうという考えを、星矢はますます強くすることになったのである。 「どちら様ですかー。宗教、新聞の勧誘や各種セールスはお断りしてますよー」 わざと緊張感のない声で、インタフォンに向かって告げる。 星矢の ストーカー男は、ただ一言、 「俺だ」 と答えてきたのだ。 「俺だ……って、おい、ふざけんな! てめー、どこの俺様だよ!」 確かに これは一般的な(?)ストーカーではない。 ドアは開けずにやりすごすべきだと、星矢の理性と常識は星矢に主張してきた。 だが、特異でふざけた変質者に 一矢報いることもなく逃げを決め込むことに、星矢の負けん気は我慢できなかったのである。 腕に覚えはある。 飛び道具でも持ち出されない限り、敵に乱暴狼藉を許さないだけの自信があった星矢は、特異な変質者を、殴りつけるまではしないにしても 罵倒の一つくらいはお見舞いしたいと考えて、玄関のドアを叩き割るような勢いで開けてしまったのだった。 |