“俺様”の髪は金色、瞳は青。 顔立ちは端麗至極。 服装は、特段 目立ったものではなく、ごく普通。 そして、どこから何をどう見てもガイジンと呼ばれる人種の男だった。 年齢は、23、4ほどに見えたが、それは いわゆる大学生には見えないから 星矢が勝手に そう思っただけで、もしかしたら10代――ということもあり得るのかもしれない。 だが、星矢としては、“俺様”の年齢が18でも28でも、そんなことはどうでもよかったのである。 もともとガイジンの年齢は わかりにくい。 星矢にとっての大問題は、衣服の上からでも 全身が鋼のように鍛えられていることがわかる彼の身体の方だった。 鍛えられた筋肉、訓練された者特有の姿勢のよさ。 精神の関与を待つまでもなく、肉体そのものが尋常でない緊張感を有している。 その上、目つきが、どう見ても一般人のそれではない。 睨んでいるわけではないのに――むしろ 笑みのようなものを浮かべているのに――眼光が鋭く、それは、星矢でさえ 一度合った視線をすぐに脇に逸らさずにいられないほどだった。 どう見ても堅気ではない。 “ヤ”のつく自由業、あるいは傭兵あがり。 とにかく 命のやりとりをする実戦を知っている男だった。 リラックスしているように見えるのに、どこにも隙がない。 兄や幼馴染みたちに付き合って身につけた各種武術が あれこれ合わせれば10段以上になる瞬が 彼を恐がるのも当然だと、星矢は思ったのである。 顔を見なくても、目を見なくても、言葉を交わさなくても、その肉体と 肉体のまとう空気が、恐ろしいほどの力を発しているのだ。 へたに格闘技の心得があるせいで、瞬は敏感に彼の力を感じ取れてしまったのだろう。 その手の技の心得がない人間には、彼は ただの美形の外国人にすぎないのかもしれなかった。 その恐るべき“俺様”が、 「ここが瞬の家? 星矢、おまえ、瞬と同じ家に住んでいるのか? ごく一般的な個人の住居に見えるが」 と、尋ねてくる。 全く外国訛りのないネイティブな日本語。 まるで、1年前に別れた友人に近況を問うような口調。 彼の持つ肉体の力に圧倒されていた星矢は、慌てて自身に活を入れた。 「てめー、なんで俺の名前を知ってるんだよ!」 表札には苗字しか出ていない。 彼が今日初めて瞬を見初めて つきまとい始めたのなら、彼は瞬の名も瞬の幼馴染みの名も知らないはずだった。 とはいえ 彼が以前から瞬に目をつけていて、ストーカー行為成就のために入念な下調べをしていたという可能性も考えられない。 もしそうなのであれば、『おまえ、瞬と同じ家に住んでいるのか』などという質問は、彼の口から出てこないはずである。 「星矢、どんな具合いだ?」 星矢一人では対応しきれないと思ったのか、紫龍が二階の部屋から下りてくる。 一般的なストーカーとは思えない“俺様”は、一般的な高校生にあるまじき長髪の男の名前も知っていた。 それどころか、この場にいない瞬の兄の名前まで。 「紫龍、貴様もこの家に――? おい、まさか 一輝もいるんじゃないだろうな」 「いや、一輝は海外出張で、3週間ほど前から――」 「海外出張? まさか、あの一輝がサラリーマンでもしているというんじゃないだろうな! 冗談はやめてくれ。到底信じられない」 「いくら一輝が協調性皆無の一匹狼タイプの男でも、瞬がいるのに 堅気じゃない仕事になんか つけるわけないだろ! つーか、てめー、誰だよ!」 初めて訪問した他人の家で、初めて会う他人の名を無遠慮かつ不躾に口にしていた男が、なぜか自分の名を名乗ることをためらう。 名を他人に知らせることを避けようとしているというより、彼は 自分の名を名乗ることを恐れているように、星矢の目には見えた。 ためらって――だが、最終的に、彼は自身の名を星矢たちに知らせてきたが。 「氷河」 「氷河? 変な名前だな」 星矢のコメント(?)を聞いた“俺様”が、 「やはり、ここには俺はいないのか」 と、落胆したように肩を落とす。 そんな態度を示している時にすら、彼の肉体からは尋常でない緊張感が嫌になるほど強く伝わってくるのである。 彼がストーカーでさえなかったなら、どういう方法で その肉体を作ったのか ぜひご教示願いたいと、星矢は彼らしくなく敬語で思った。 そうしてから、特異でふざけたストーカーに羨望の念を抱いていることを ストーカー当人に知られるわけにはいかないと自戒して、無理に口を への字に引き結ぶ。 「てめーなんか いるわけないだろ。あんた、瞬にずっと つきまとってたんだって? 言っとくが、外見がああでも、瞬はれっきとした男だからな!」 「知ってる」 「知ってる? じゃあ、あんたは真性のほもかよ。あいにく瞬は、そういうのは いつも丁重にお断りしてんだ。さっさと帰っていいぞ」 「俺は――」 氷河は、星矢の言葉に従う素振りを見せなかった。 彼が いかに特異なストーカーでも、それはストーカーとしては 極めて自然な対応である。 『帰っていい』と言われて、『はい、それでは さようなら』と引き下がるようなストーカーは ストーカーの風上にも置けない。 彼は、ストーカーとしては至極真っ当な対応をした。 だが、一人の人間としての彼の言動は、異常で非常で突飛で荒唐無稽――つまり、大いに馬鹿げていた。 短く逡巡したあとで、彼は 星矢たちに、 「俺は、多分、異世界から来た」 と、言ってのけてくれたのだ。 真顔で。 「……」 そうして生まれた5分に なんなんとする地獄のような沈黙。 5分後、懸命に沈黙の淵から這い出した星矢は、もはや 彼の鍛えぬかれた肉体のことなど どうでもいい気分になっていた。 どれほど素晴らしい肉体を持っていても、お 「こ……国際的どころの話じゃねーな、こりゃ。呼ぶべきなのはパトカーじゃなく救急車みたいだぞ、紫龍」 「凶暴性はないようだが、暴れ出されたら、俺たち二人掛かりでも押さえつけるのは難しそうだな」 「あ……暴れ出したの?」 あれほどストーカーを恐れていた瞬が部屋から出てきたのは、ストーカーが暴れ出すことを案じたというより、むしろ5分間の沈黙と静寂が、彼を不安にしたからだったのだろう。 星矢と紫龍の無事な姿を見ると、瞬は短く安堵の息を洩らした。 「瞬!」 一階と二階をつなぐ階段の残りの三段を下りる勇気を持てずにいるらしい瞬の姿を認めた途端、異世界から来た特殊なストーカーが 瞳を輝かせ、瞬の名を呼ぶ。 「ああ、この世界でも綺麗な目だ。嬉しいぞ」 「え……あの……」 ストーカーに満面の笑みを向けられ、瞬は大いに戸惑ったようだった。 瞬が、ひどく落ち着かない様子で 視線を あちこちに飛ばす。 その様は まるで、剣道の打ち合いで不意打ちを食らい、防御も攻撃も忘れてしまった剣士のようだった。 ストーカーに追いかけられ逃げることには慣れているが、それだけに瞬は、真正面からの攻撃には不慣れだったのである。 しかも、その攻撃は、侘び寂び謙譲の日本人のそれとは異なり、直截的で単刀直入。 その上、遠慮がなく 馴れ馴れしい。 星矢には無遠慮で馴れ馴れしく思える氷河の態度が、人を本心から嫌うことのできない瞬の目には、邪気のない人懐こさに映ったとしても、それは さほど不思議なことではなかった。 とはいえ、笑顔のガイジンに戸惑い、落ち着かない様子で 幾度も瞬きを繰り返す瞬の反応は、星矢には意外に感じられるものだったのである。 瞬は基本的に善良で、お人好しなところもあったが、決して軽率な人間ではない。 人を疑うことはしないが、完全に信じるようになるまでには相当の時間をかける。 つい数分前までは危険なストーカーとして恐れていた男に、『目が綺麗だ』と言われたくらいのことで そわそわするような人間ではないのだ。 それが、この反応――。 「こいつ、早速口説き始めやがった」 瞬に自重と自制を促す意味も込めて、わざと苦い口調で、星矢は氷河を非難したのである。 その非難は いかにも心外という顔になって、氷河はすぐに星矢に異議を唱えてきた。 「誤解を招くようなことを言うな。俺は事実を言っただけだ。口説いているわけではない。俺にはちゃんと俺のしゅ……いや、恋人がいる」 「え……恋人……?」 それは、(事実なのだとしたら)瞬には非常に喜ばしいことであり、少なくとも これまで出会ったことのないタイプのストーカーを恐れていた瞬の心を安んじさせる情報のはずだった。 にもかかわらず、瞬の声ががっかりしている。 星矢は、途轍もなく嫌な予感を覚えた。 同じように 不吉な予感に襲われているらしい紫龍と視線を交わし合い、二人は同時に深い溜め息を洩らしたのである。 |