「アテナの聖闘士は、地上の平和と安寧を守護するアテナのために戦う者たちだぞ。いついかなる時も、まずアテナのことを考えるのがアテナの聖闘士というものだ。だというのに、あいつ等ときたら――」 中庭を見下ろすことのできる学園長室の窓際から 新米聖闘士たちの姿を眺めながら、学園長が ぶつぶつと呟く。 それは独り言ではなかった。 学園長室には来客があったのだ。 もっとも、彼は、その来客が いつから この部屋に潜んでいたのかは知らなかったのだが。 気付いた時には、彼は既にそこにいた――つまり、彼は招かれざる客だった。 「双子座の黄金聖闘士にして アテナの聖闘士を育成する学園の学園長。偉そうな地位に就いてはいるが、貴様だって、一時はアテナに立てついていた問題児だったくせに、立派なことを言うようになったものだな、カノン」 夕陽が作る陰の中から、来客――不法侵入者が ゆらりと姿を現わす。 それは、3年前、この学園で鳳凰座の聖衣を我が物とした鳳凰座の青銅聖闘士だった。 「部屋のドアというものはノックをするためにあるということを、貴様は知らんようだな。貴様は相変わらず 弟の周りをうろついているのか。気持ちの悪い男だ。青銅の分際で黄金聖闘士にタメ口をきくな」 「尊敬できない男に敬語を使う気にはなれんな」 青銅聖闘士の分際で――フェニックス一輝は、カノンのクレームを一蹴した。 それから、弟の弁護に取りかかる。 「瞬はアテナの理想に共鳴している。あの三人が いい加減な奴等でも、瞬はちゃんとアテナの理想を理解している。奴等は瞬経由で間接的にアテナのために戦うということだ」 「ふん。貴様に言われなくても、そんなことはわかっている。俺が 何のために貴様の弟を この学園に連れてきたと思っている。貴様を安心させるためでもなければ、瞬を人質に 貴様を大人しくさせるためでもないんだぞ」 カノンが瞬をこの学園に連れてきた訳。 第一の理由はもちろん、あまりに感触が優しすぎて異質ではあったが、出会った時から既に強大だった瞬の小宇宙を野放しにしてはおけないと考えたから。 そして、第二の理由は、衣食住の確保のためにアテナの聖闘士になろうなどと不届きなことを考えている星矢たちを そのままアテナの聖闘士にするわけにはいかないと考えたからだった。 その期待通り、瞬は 不届きな聖闘士候補たちを良い方向に感化してくれた。 そんなカノンにとって、この結末は、決して悪い結末ではなかったのである。 「瞬が聖闘士になって、貴様も やっと最愛の弟に堂々と名乗りをあげることができるようになったんだ。もっと喜んでみせたらどうだ」 「別に」 その言動からして どう考えても重度のブラコンが 素っ気ない答えを返してくる。 カノンは一瞬 虚を衝かれた顔になり、それから興味深げに、 「貴様、実はツンデレ属性の男だったのか」 と呟くことになった。 「いつ、俺がデレた!」 瞬の兄は即座に反駁してきたが、カノンは その反駁をまともに取り合う気にはなれなかったのである。 瞬の兄、鳳凰座の聖闘士は、当人の認識はともかく、その行動は弟にデレまくりの男だった。 「聖闘士になってからも、貴様は 何度も瞬の様子を見に行っていたんだろう。おかげで聖域は、貴様の弟のいた施設の再建費用を出すことになったんだ。まったく、いらぬ面倒を――」 言いかけた言葉を カノンが途中で途切らせたのは、過ぎたことの愚痴などより、 「鳳凰座の聖闘士が ツンデレという言葉を知っていたとは意外だ」 という事実の方が、今は はるかに重要なことだと気付いたからだった。 カノンの鋭い指摘に、一輝が むっとした顔になる。 気付いてはならぬことに気付いてしまった男を抹殺すべく、一輝は その小宇宙を燃やし始めた。 もっとも彼はすぐに、最愛の弟の門出の日を こんなふざけた男の死で祝うわけにはいかないと思い直し、構えた その拳から力を抜いたのであるが。 「そんな言葉を知っている黄金聖闘士の方が 余程おかしい。貴様は戦う価値もない男だ」 「ツンデレ座の聖闘士に何を言われても痛くも痒くもないわ」 パライストラの学園長室で、88の星座の聖闘士たちの頂点に君臨する黄金聖闘士と、パライストラ史上 他に例を見ない早さで聖衣を奪っていった伝説的聖闘士が陰険漫才を繰り広げていることなど露知らず、今日 生まれたばかりの若き聖闘士たちの胸は希望に満ちていた。 Fin.
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