転校初日に俺が得た瞬に関する情報。
多分 それは、瞬という人間の根幹を構成するもので、それ以外の情報は枝葉末節のことにすぎないだろう。
それは俺にもわかっていた。
だが、俺の任務は、瞬の欠点を探し出し、恋に狂った氷河の頭を冷やして、奴をシベリアに連れ帰ること。
たった一日の情報収集活動で任務遂行を諦め、氷河を連れずに俺一人で すごすごシベリアに帰るわけにはいかない。
俺は、どんな瑣末なことでもいいから瞬の欠点を探し出し、氷河が瞬に幻滅するように仕向けなければならないんだ。
その任務遂行の成否には、俺の命が かかっている。

そういうわけで、転校2日目の昼休み。
俺は、この学園でただ一人、明確明瞭に氷河と瞬の恋の破綻を望み、機会があれば氷河を殴り殺してやりたいと考えているという瞬の兄が在籍する3年Aクラスの教室に向かった。
――のは いいんだが。

あの瞬の実兄というから、俺は瞬の兄を相当の優男だろうと思っていたんだが、とんでもない。
瞬の兄 一輝は、あの可愛らしい瞬とは似ても似つかない むくつけき男、目許涼しい好青年どころか、やたらと暑苦しいツラをした いかつい男だった。
それでなくても暑苦しい外見をしているのに、どういう趣味なんだか、黒の学ランを身に着けている。
瞬の兄は、頑固そうで気難しそうで、ひどく扱いにくい男のように見えたんだが――。
「1年Aクラスの瞬と2年Aクラスの氷河を別れさせたい」
と、俺が俺の来日転校目的を正直に告げた途端、瞬の兄は俺に大歓迎の意を表し、それこそ満面の笑みを向けてきた。
あの可愛らしい顔をした瞬とは似ても似つかない男の満面の笑みは、あまり気色のいいもんじゃなかったがな。

それはさておき。
一輝は瞬を溺愛している兄で――俺は、とてもじゃないが『瞬の欠点を教えてくれ』なんて、奴に言うことはできなかった。
そもそも一輝は、『もし瞬に欠点があるとしたら、それは氷河と付き合っていることだけ』と信じ切っているような兄貴だったから。
その代わり、氷河の欠点なら、いくらでも いつまでも語っていられるらしく――マザコンで、図々しくて、デリカシーがなく、遠慮を知らず、猪突猛進・直情径行、木を見て森を見ず、注意力散漫と、氷河の幼馴染みである俺に遠慮する素振りも見せずに 言いたい放題をしてくれた。
一輝にかかったら、氷河の髪が金髪で、その目が青いことすら、欠点以外の何物でもなくなるらしい。
散々 氷河の欠点をあげつらった一輝は、そして、最後に、
「だが、瞬は人の美点しか見ない奴だからな。瞬は、欠点も美点にしてしまう。氷河のマザコンも、瞬にかかったら 愛情深さの現われということになってしまうんだ」
と、嘆息混じりに呟いた。
一輝の気持ちはわからないわけじゃないが、しかし、それは仕方のないことだと思う。
実際、氷河は悪い男じゃないんだ。
ただ馬鹿なだけで。

だが、瞬がそんなで、氷河があんなで、一輝がこんなとなると、俺はこれからどうすればいいんだ?
どうすれば、俺は俺が任務を遂行できる?
これじゃ完全に八方塞がり、手も足も頭も出せないじゃないか。
一輝の嘆息に つられるように 俺もまた溜め息を洩らし、そして、両の肩から力を抜いた時だった。
「おまえら、氷河の悪口大会を開催しているようだが、何を企んでいるんだ」
と、馬鹿みたいに長い髪をした男が、苦悩する俺たちに声をかけてきたのは。

「一輝。瞬を取られて悔しい気持ちはわかるが、瞬の意思を無視するのはよろしくないぞ。君は誰だ」
「瞬の意思? そんなものがどこにある。瞬はあの毛唐に騙されているだけだ。こいつはアイザックとかいう奴で、シベリアから氷河を連れ戻しにきてくれた正義の味方だ」
「氷河を連れ戻しに?」
突如 現われた長髪男――紫龍と名乗った――は、瞬の兄から 俺の来日目的を聞くと、微かに眉をしかめた。
その表情からは、紫龍が 俺の任務の遂行を歓迎しているのか、阻止するべきだと考えているのか、あるいは無理だと思っているのかまでは読み取れなかった。
一輝や星矢に比べると、底意が読めないタイプの男。
こういう奴は、氷河の味方にもつかず、俺の味方にもつかず、中立の立場を維持しようとするだろうな、多分。

なんでも、1年の星矢と瞬、3年の一輝と紫龍は、全員が親がないと言う家庭の事情で(むしろ、家庭がない事情というべきか)、幼馴染み同士らしい。
要するに、俺や氷河と同じ。
今はそれぞれ養父母がいるが、以前は同じ施設にいたとかで――あの澄んだ瞳の持ち主の瞬も、実はかなりの苦労人。
なかなか切ない話だな。
どいつもこいつも、一癖も二癖もありそうな奴等なのに。

その幼馴染み集団の最後を飾って登場した紫龍にも、俺は さりげなく探りを入れてみたんだが、俺が長髪男から得られた情報は、これまた実に微妙なものだった。
瞬に関しては、
「神様というものは寛大で、欠点だらけの人間でも分け隔てなく愛し、惜しみなく愛を与えるものだろう。瞬も同じだ。瞬は神様並みに心が広くて、寛大なんだ。瞬に振られたら生きる希望を失って死ぬしかないと、氷河に泣きつかれて、瞬は氷河を突き放すことができなかったんだろう」
氷河に関しては、
「恋のために、あそこまで なりふり構わず行動できる男がいることに、俺は ある意味 感動した」
いったい紫龍は、二人を褒めているのか貶しているのか。

しかし、星矢が言っていた通り、氷河が それこそ捨て身の構えで瞬に迫ったというのは事実だったんだな。
とても、カミュには聞かせられない話だ。
死と隣り合わせの苛酷な大自然の中で、俺と氷河はカミュの課す厳しい修行に耐えてきた。
俺が片目を失ったのも、その修行中でのこと。
であればこそ、俺は自分の片目を失ったことを 致し方ないことと思うこともできていたのに、氷河の野郎、その修行の成果を こんなことで発揮するとは。
それも、あんな、か……可愛くて優しいだけの子のために。
情けなくて涙も出ないぞ、俺は。

グラード学園転校2日目。
瞬に関して、俺が入手できた情報は そんなところだった。
瞬の兄貴が、瞬には似ても似つかぬ暑苦しい男だということ。
瞬に親がないこと。
同じ境遇が縁で結ばれている瞬の幼馴染みたちのこと。
親がないことは欠点じゃないし、瞬の幸福を願って 氷河と瞬の破局を願う 暑苦しい兄がいることも、(少なくとも俺にとっては)欠点じゃない。
ゆえに、瞬は相変わらず 可愛くて優しくて欠点なしのまま。
あの氷河には勿体ないほど完璧な恋人のままだった。






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