なんだ?
今、瞬は何と言った?
おと……男?
この可愛い瞬が?
ロシアでだって、日本に来てからだって、いや、生まれてこの方、俺は瞬より可愛い子に出会ったことはないぞ。
こんなに綺麗な目をして、こんなに華奢で、こんなに深く 人の心を思い遣ることができる人間に、俺は これまで ただの一度も出会ったことはない。
その瞬が男?
そんな馬鹿なことがあるか。
氷河は 瞬と付き合っていると言っていたぞ。
瞬が男なら、そんなことができるわけがないだろう。
俺は――俺は、氷河と瞬の幼馴染みたちが、瞬の悪ふざけを笑っていることを期待して、奴等の方に目を向けたんだ。
だが――。

奴等は笑っていなかった。
誰一人――誰一人、瞬の悪ふざけを笑っていなかったんだ。
奴等は むしろ、呆れ同情しているような目を俺に向けていて――そして、俺は悟った――理解した。
瞬の悪ふざけが悪ふざけじゃなく、ただの事実だということに。
ああ、俺はすぐにパニックに陥ったさ。
欠点――あれほど、懸命に探しまわった欠点。
どんなに探しても見付けることができなかった瞬の欠点。
完璧な瞬。
完璧な氷河の恋人。
完璧な氷河のカノジョ――。

「な……何が 完璧なカノジョだ! 何が 欠点がないのが欠点だ! これが欠点でなくて、何が欠点だ! 貴様等、瞬が男だってことは欠点じゃないと言うつもりかーっ !! 」
「俺は、瞬が俺の彼女だなんて、一言も言っとらんぞ。瞬は俺の恋人で、俺の命だ。俺の命より大事な人だ。瞬は、俺が これまでに出会った すべての人間の中で いちばん綺麗で 強くて 優しい人間だ。俺は、生きている人間の中で いちばん瞬が好きだが、瞬は俺の彼女じゃない」
俺が恐慌状態に陥っている訳が わかっていないようなツラで、氷河が そんなことを言ってくる。
何を落ち着き払っているんだ。
おまえが生きている人間の中で いちばん好きな瞬チャンは、おと……男なんだぞーっ!

「氷河、おまえは本気で そんなことを言っているのか! 瞬は男なんだぞ! おまえと同じ男! 瞬は、こんな可愛い顔しているくせにヘンタイなんだっ」
信じられん。
この世の中は いったいどうなっているんだ!
地球は温室効果ガスのせいで狂っているのか !?
俺は、本気で そう思った。
瞬が――この可愛い瞬が男だなんて、地球が狂ってるとしか思えないじゃないか。

その時 俺は、自分が何を考え、何をわめいているのか、ほとんど自覚も理解もできていなかった。
オーロラサンダーアタックとオーロラ・エクスキューションとフリージング・コフィンを同時に受けたとしても、これほど混乱することはなかっただろう。
それくらい、俺は混乱していた。
そんな俺とは対照的に、瞬の幼馴染みたちと瞬の兄は落ち着いたもので――いや、こいつらも地球と一緒に狂っているのか。
地球と一緒に狂っているから、奴等は 自分の狂気に気付いていないだけなんだ、きっと。

「おい。男だってことが欠点だなんて、おまえ、男の存在、否定してんのかよ」
「君は 女性至上主義者なのか? 意外だな。だが、そんなことは あまり大きな声で言わない方がいい。セクシャル・オリエンテーションでの差別撤廃団体に訴えられるぞ」
「貴様、我が最愛の弟を侮辱するつもりかーっ!」
侮辱も何も――いったい この国はどうなっているんだ。
この狂気は、日本がキリスト教国じゃないからなのか?
いや、そうじゃないだろう。
俺はキリスト教徒じゃないが、それが罪悪だという認識はある。
「男同士で好きだの嫌いだの、そんなことが許されるはずがないだろうっ! 常識で考えろ、常識でっ」

俺は――俺は そんなことを言うべきじゃなかった。
せめて考えるだけにして、声に出すことはせずにいればよかった。
俺の罵倒じみた大声を聞いた瞬が、その瞳から ぽろっと一粒 涙を零す。
「き……貴様、よくも瞬を泣かせたなーっ !! 」
自分自身を含めた人間全般の心の機微に鈍感で 反応が遅い氷河の、瞬の涙への反応は 驚くほど素早かった。
そして、瞬に涙を零させた男への氷河の怒りは凄まじかった。
絶対零度が更に273.15度 温度を下げても氷河の怒りの炎を消すことはできず、その怒りを凍りつかせることもまたできなかっただろう。
俺は、自分の実力は氷河より一段も二段も上だと思っていたんだが、それは とんでもない思い上がりだった。
恋に狂っている男には、誰も勝てない。
瞬が氷河を止めてくれなかったら、俺は確実に氷河に殺されていたに違いなかった。






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