「……それで、テディベアの日に、僕たちは何をすればいいの。スポーツで殺されていった熊の冥福を祈る日なの」

瞬が、静かに怒ってるのは明白だった。

ロールパンを3個一緒に口の中にほうばったばかりだった星矢までもが、怒りを無理に抑えつけたような瞬の声音に敏感に反応して、その顔をあげる。

本気の一歩手前まできていた瞬の怒りは、しかし、すぐに鎮まった。
否、それは氷河によって鎮められてしまったのだ。

瞬の隣りに陣取っていた氷河が、ふいに席を立ち、瞬を椅子ごとテーブルから引き離す。驚く瞬の両腕を掴み、それこそまるで生まれたばかりの小熊でも抱えあげるようにして、氷河はひし☆と瞬を抱きしめた。
「ひ…氷河、なに !? どーしたの、急に!」
氷河の唐突な行動に面食らって、瞬は、しばらく氷河の腕の中でもがいていたのである。それでも氷河は一向に瞬を解放しようとしない。
ややあってから瞬は、氷河の腕から逃れ出ることを諦め、彼の行動に脈絡を見付けようとして、氷河の青い瞳を覗き込んだ。

そして、“脈絡”を見付ける。
途端に、瞬は冷静さを取り戻した。

「……ごめんなさい。僕が怒ったって何にもならないよね」
「――」
瞬の心が落ち着いてくれさえすればそれで良かった氷河は、瞬の謝罪に、縦にとも横にともなく首を振り、無言で元の席に戻った。


氷河の突飛な行動になど、今更驚くこともなくなった紫龍が、しかし、一応責任を感じたのか(まさか)、瞬に耳寄り情報を提供してくれた。
「熊の冥福を祈るかどうかは知らんが、“心の支えを必要とする人たちにテディベアを贈る運動”というのは行なわれているそうだぞ」
「へぇ……」
紫龍のその言葉に、瞬は少しばかり救われた気分になったのである。

“心の支えを必要とする人たちにテディベアを贈る運動”――たとえ玩具メーカーの陰謀なのだとしても、どこぞの大統領のスポーツマンシップなどに比べれば、それは、瞬にとってはずっと理解しやすいしやすい行為だった。


それは、瞬の胸の中に、その哀しい人がいつも存在していたからだったかもしれない。
心の支えを必要とする、哀しい人が。



「……氷河、僕、テディベア買いに行きたいんだ。付き合ってくれる?」

瞬のお誘いに、氷河はもちろん即座に頷いた。
彼には、本当は他にしたいことがあったのだが、しかし、この世の中に、瞬の心以上に大事なものがあるだろうか。
ケーキ屋だろうが、玩具屋だろうが、瞬の望むところにだったらどこにでもついていくのが、氷河の本懐だった。


食事を終えた二人がダイニングを出ていくのを、紫龍が意味ありげな薄笑いと共に見送る。
これで、紫龍の今月の意地悪の仕込みは完了だった。








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