さて。 世の中には、テディベア専門店というものが存在する。 氷河にとって、それは、生まれて初めて知る驚異の大事実だった。 が、瞬には、それは至極当然にして既知の事実だったらしい。 店の前に置かれた木製の椅子にででん★と安座している巨大な熊のヌイグルミに目をむいている氷河の手を引っ張って、瞬はすたすたと、躊躇のない足取りで店内に入っていった。 そこで氷河を迎えたものは。 「…………」 右を見ても左を見ても熊、熊、熊――熊の山、である。 白熊、黒熊、茶色熊。 白熊・黒熊どころか、わずか10坪ほどの店内には、5倍サイズから100分の1サイズ、緑色からどピンクまで、ありとあらゆるサイズ・色彩・種類の熊が、ところ狭しとひしめき合っていたのである。 あまりのことに、氷河は言葉を失った。 が、それすらも、瞬には驚くに値しないことだったらしい。 瞬は、ぐるりと熊だらけの店内を見渡すと、ちょうど片手に掴めるほどのサイズの熊が陳列されている棚の側に、怖れる色もなく歩み寄っていった。 そして、 「んーと、どの子がいいかなぁ」 と、居並ぶ熊の前で、可憐に悩み出したのである。 最初、氷河は、瞬が何を悩んでいるのかがまるでわからなかった。 棚に並んでいるのは、同じ熊のヌイグルミである。 サイズも値段も色も体型も全く同じ熊の。 何を悩んでいるのかがわからない瞬に悩んでいる氷河に気付いた瞬が、にこにこ笑いながら、自分の苦悩の訳を彼に説明してくれた。 「やだ、氷河、変な顔してる。ヌイグルミってね、みんな顔の造作が違うんだよ。同じメーカーが同じ型紙と同じ材料を使って作っても、みんな表情が違うの」 「…………」 氷河の目には、瞬の言う“熊の表情の違い”は少しも識別できなかった。 彼の目には、その棚に並べられたすべての熊が全く同じものに映っていた。 が、ともかく、瞬が『違う』と言っているのだから、違うのだろう。 氷河は、瞬の見解に異議を申し立てるつもりはさらさらなかった。 ので、どの熊にしようかと悩む瞬の後ろに立ち、瞬の買い物が済むのを大人しく待つことにしたのである。 よもや、瞬の苦悩が3時間の長きに及ぶことになろうとは。 そんなとんでもない事態も、この世には起こりうるのだということを、その時の氷河には想像することもできなかったのだった。 ともあれ、それから3時間後。 氷河はなんとか無事に熊だらけの戦場を後にすることができた。 「やっぱり、この子がいちばん可愛いよねっ♪」 氷河は、長い闘いに完全勝利を収めて元気いっぱいの瞬に、力無い微笑を返すのがやっとという、見るも無残な有り様だった。 |