「しかし、せっかく買ってきたヌイグルミも、いつ一輝に渡せるかわからんなぁ」 紫龍のぼやきに、純白のレースフラワーのように輝いていた瞬の笑顔がにわかに掻き曇る。 「うん……。ほんとに、どこにいるんだろうね、兄さんてば」 瞬が寂しそうに睫毛を伏せる様を見せられて、氷河の中には新たな怒りが湧き起こってきたのである。 それは、なぜ今ここに一輝がいないのかという、5分前までの氷河なら、天地がひっくり返っても考えなかっただろう怒りだった。 「まあ、気を落とすんじゃない。そのうち帰ってくるさ」 紫龍の慰めに、瞬が、少し切なげに笑って頷く。 氷河は、そんな瞬を黙って見ていられなかった。 なので、氷河は、それまで彼が腰をおろしていたソファから、ふいに立ち上がった。 瞬に頼りにされているのである。 瞬の期待には応えなければならない。 それは、人種・民族・国籍不問で、人類が負うべき聖なる義務というものである。 夜のベランダに出た氷河は、そこで自分の小宇宙を全開にした。 瞬の期待に応えたいという切願と、応えなければと思う義務感とが、彼の小宇宙を超強大・超強力・超多機能にする。 ゴキブリを嫌う人間ほどゴキブリの気配に敏感なように、氷河の小宇宙はすぐに目指す相手の居場所を探し当てた。 幸い、目指す敵は日本国内にいた。 愛知県は豊橋市。 閉園間際の豊橋総合動植物公園のなかよし牧場で、一輝は、純白のカイウサギの耳を人差し指で撫でて遊んでいた。 何故、一輝がそんなところにいて、そんな真似をしているのかは、この際問題ではない。 とにかく、今日が終わるまでの、あと数時間のうちに、一輝を城戸邸に連れてきて、瞬が兄にテディベアを手渡せる状況を作らなければならないのだ。 1秒の時間を惜しんだ氷河は、瞬たちに一言の説明もなく、一瀉千里・疾風迅雷の勢いでラウンジを飛び出した。 |