翌日、ダイニングルームで氷河と瞬を出迎えたのは、テディベアと同じベッドで一夜を過ごした一輝の不機嫌な顔と、それとは対照的に上機嫌を極めた紫龍の顔だった。

紫龍から事の次第を説明された一輝は、愛する弟の気持ちを思うだに、氷河を怒ることも怒鳴ることも殴ることもできないという八方塞りな状況に置かれていた。
自分の憤りを言葉にも行動にも表すことができない一輝は、故に、非常に不機嫌かつ不愉快だった。

一輝が鬱なら、紫龍は躁。
氷河と瞬に向けられた紫龍の微笑は、小春日和の陽射しよりもにこやかで、穏やかで、分別ありげに嫌味だった。
「いやー、残念だったな、氷河。昨日はせっかく『世界新記録の日』だったのに。貴様のことだから、一晩に何回できるか挑戦しようなんて、ヨコシマなことを考えていたんだろう」

紫龍の明るく嫌味な微笑の意味を速やかに理解して、氷河は口許を微かに引きつらせた。

瞬が、氷河を侮辱する紫龍の言葉に、光速拳より素早く反応する。
「紫龍! 氷河がそんなこと考えるはずないでしょ! 氷河は、昨日、あんなにぼろぼろになってまで、僕のために兄さんを連れてきてくれたんだよ! 氷河を侮辱すると、いくら紫龍でも、僕、許さないんだから!」


「…………」
実は、氷河は、“そんなこと”を考えていた。
思いっきり考えていたのである。
ただ、瞬にその計画を持ちかける前に、氷河は、紫龍によって、昨日という日をテディベアの日にされてしまったのだ。

「ああ、すまん、悪かった」
紫龍がちらりと氷河を盗み見て、氷河にだけわかるようににやりと笑い、それから殊勝な態度で瞬に謝罪する。


「このバカには、常識というものがないのか。たかがクマのヌイグルミのために、俺は死ぬところだったんだぞ!」
そう言う常識人・一輝の膝には、ちょこんとテディベアが乗っていた。








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