弟の前で項垂れてしまった氷河が、それでもまだもそもそと口ごもっている様に、一輝はイライラし始めた。で、結局彼は、氷河の答えを待ちきれず、てっとり早く答えを得るために、紫龍を捕まえて尋ねたのである。 「おい、カレンダー男。今日はいったい何の日なんだ」 11月23日は勤労感謝の日。 11月23日という日に、一輝は、それ以上の知識を持たず、それ以下の認識も抱いてはいなかった。 11月23日に、氷河をここまで取り乱させる、どんな謎があるというのだろう? 「ああ、実は、語呂合わせで――」 ――と、11月23日の謎を口にしかけた紫龍が、そこではたと思いとどまる。 良からぬことを思いついた紫龍は、一輝にしか聞こえないように小声で、11月23日の謎を、質問者の耳許にひそりと囁いた。 途端に真っ青になった一輝は、だが、次の瞬間には、顔に身体中の血を集中させたように真っ赤になっていた。 そして、叫んでいた。 「なんだとぉ〜〜〜っっっ !!?? 」 氷河への詰問が佳境(?)に入っていた瞬が、兄の素っ頓狂な声にびっくりして振り返る。 「兄さん、どうしたんですか !? 」 瞳を見開いた弟にそう尋ねられた一輝が口にした言葉。 それは、つい先刻氷河が瞬に告げたそれとほとんど同じものだった。 「あ……いや、その……。今日は『いいふみの日』だそうだ。おまえ、氷河に手紙でも出してみたらどうだ?」 「兄さん?」 「『外食の日』でもあるんだな。く…栗尽くしなんかより、松茸尽くしなんかどうだ? いや、おまえなら、甘いものの方がいいのか。グラード・センチュリー・ホテルのティーラウンジで、パンプキン・フェアとかいうのをやっていたぞ、そういえば!」 「兄さん?」 「うむ。手袋は、幾つあってもいいものだ」 「兄さん、何を言ってるんですか?」 「実は、チケットがなくても、Jリーグの試合会場に潜り込む方法はあるんだ」 「…………」 「定職に就かなくても、働くことはできるしな」 「…………」 瞬は、兄の言葉をそれ以上聞く気にはならなかった。 11月23日。 いったい今日という日は何の日なのか。 それを、兄と氷河から聞き出すことを、瞬はすっぱり諦めた。 そして、彼は、もう一人、11月23の謎を知る男を振り返ったのである。 「紫龍、今日はいったい何の日なの!」 「ああ、実は――」 一輝や氷河と違って、11月23日が何の日なのかを瞬に知られたところで、紫龍には何の不都合も不具合もなかった。 が、まだまだ一輝と氷河で遊び続けることができそうだと考えた彼は、わざとゆっくり、わざと勿体ぶった調子で、11月23日の謎を明かす素振りを見せたのである。 紫龍の玩具たちは、紫龍の推測通り、即座に反応を示した。 すなわち、紫龍の口を封じるために、氷河は紫龍の横面に、一輝は彼の腹部に、一撃を加えてきたのである。 はっきり言って、これはかなりきつい。 愛する弟&恋人のためにまともな精神状態でないとはいえ、否、むしろそれだからこそ、二人の拳に遠慮はない。 しかし、紫龍は二人の攻撃に痛みなど感じてもいなかった。痛みなど感じている暇がなかったのである。 彼は、この二人が取り乱せば取り乱すほど、楽しくて楽しくてならなかったのだ。 が、とりあえず、彼は苦しそうに顔を歪めてみせた。 瞬に、一輝と氷河の無体を示すために。 案の定、瞬が、氷河の側を離れ、受難の友の許に駆け寄ってくる。 「紫龍! 紫龍、大丈夫 !? ごめんなさい!」 床に膝をついた紫龍の肩に手を置いて、しょーもない身内二人の暴力を謝罪し、それから瞬は、加害者たちを振り返った。 「氷河! 兄さんっ! なんてことするんですかっ !! 」 常ならぬ瞬の怒鳴り声にびっくりして、それまで我関せずと朝食に食らいついていた星矢は、喉に思いきりデニッシュロールを詰まらせた。 「紫龍、ほんとにごめんなさい。すぐ、お医者様のところに行きましょう!」 殴ったのが聖闘士なら殴られたのも聖闘士。 瞬の心配は、一輝の目にも氷河の目にも大袈裟この上ないものに映った。 「瞬、そんな奴は」 「放っておけ!」 一つのセリフを分担して言う一輝と氷河を、瞬がきっ☆と睨みつける。 瞬は、そんな二人の身内に、きっぱりと言い放った。 「兄さん! 氷河! 僕、二人を軽蔑します!」 「…… !!!!!!!! 」 「…… !!!!!!!! 」 漫画なら、ここで、大きな書き文字が『が〜〜〜〜ん』と入るところである。 なので、とりあえず、 が〜〜〜〜〜〜ん !!!!!! |