一方、暗黒スワンは、港の倉庫のアジトに帰ったあとも気が落ち着かなかった。

 昼間出会った瞬を思い出す。

 あれが、一輝様の弟…。

 一輝の弟というから、てっきり裏の畑から収穫してきた芋のような男だと、いや、もとい、よくてペガサス星矢と同等それ以下の

ケンカっ早い単純明快な男かと思いきや、で、ある。

 あんなに可憐! な! むしろ妖精かと錯覚する美しい少年とは!

 暗黒スワンはカッと顔を赤らめた。

 あんな可愛い娘のようなやつを殴り放題したのかと思うと、自分が信じられない。会って数秒で戦慄の走ったあの氷河のような変態

っぽい趣味はないが、とてもいけないことをしたと思った。

 

 あんなに可愛いんなら、仲間には殺したと伝えてこっそり囲っときゃよかった。どうも氷の攻撃に弱いみたいだし。

 そうすれば、俺はしばらくあんなイイ女、もとい、男と、極楽のような生活ができたのに。

 いっそそうなったらはっきり言って暗黒聖闘士としての悪事なんか働きたくない。めんどい。

 今までに盗んだ金で太平洋にでも無人島を買ってそこで瞬とふたりで農作業や漁をしながらのんびりくらしてーぜ。

 そのために働いてる悪事のはずだろうが。

 しかし、それが、よりにもよって一輝様の弟だというあのアンドロメダ瞬とは。

 

 暗黒スワンはとぼとぼと切ない夏の夜の一人歩きをしていた。

「おい」

 ふと、ひとけのない裏道で声をかけられる。

「暗黒スワンだな。さっきはよくもやってくれたな。え? 氷河の前で恥かかしてくれちゃったりして、僕が情けないところを氷河に見ら

れてどれだけ恥ずかしかったか」

「…ア、アンドロメ…ダ…?」

 闇から届く声の主はまさに昼間のアンドロメダ瞬。あのかわいい声だ。

 瞬は茂みの中から登場した。その身には先ほどのようにショッキングピンクの聖衣をまとっている。そして手元には輝く鎖がきつく握り

締められていた。 

「昼間の借りを返しに来たよ! 氷河じゃないとわかれば遠慮する必要もない。喰らえ!」

 暗黒スワンが瞬の姿を確認して意識を奪われている最中、瞬は暗黒スワンの眼前で天高く舞い上がった。

「ねびゅらちぇぇぇーん!!」

 ドドドドドドドッ。轟音を立てて無数の鎖が暗黒スワンの頭上から降り注ぎ炸裂した。暗黒スワンは紙一重で背面に回転し難を逃れる。

しかし瞬の攻撃はおさまらない。変幻自在の鎖を持った容赦ない攻撃は暗黒スワンを追随し、ヒットする。

「ぐわあっ」

「逃がさないよ暗黒スワン。この僕の前でよりによって氷河に化けるとは。きみ、今夜は命がいくつあっても足りないよ」

 化けたわけではないのだが。

 しかしそんなことを訴える隙を瞬は許さない。サークルチェーンは暗黒スワンを捕らえた。

「くっ…」

 全身を拘束されて暗黒スワンは目の前に迫る瞬と対面する。雲間から月が姿を見せ、奇しくも瞬の姿を照らした。

 瞬の少女のような体躯と顔立ち。しかし今夜の顔は、サディスティックな感情にとり憑かれて冷たく微笑んでいる。その美しい顔は、これから

彼がどんな冷酷な復讐を行うか如実に現していた。

 

 ぞっくう、と、暗黒スワンは体の芯が激しくときめいた。

 

 ああ、もう、なにされちゃってもいいやー。

 暗黒スワンは、満ち足りた顔で目を閉じた。

 

 

 犬の遠吠えとともに、周囲に暗黒スワンの悲鳴がとどろくこと数時間…。

 

 

 ドシャア、と、鎖を解かれた暗黒スワンはアスファルトに倒れた。

 瞬は最早虫の息のした瀕死の暗黒スワンのそばへ寄り、頭上から言い放った。

「帰って兄さんに伝えな。黄金聖衣なんかどうでもいいけど、氷河に手を出したら僕が相手になるってね」