「ああ、ちゃんと──なるな」
「そうそう子供のままというわけでも……」
氷河が何かを独り言のように呟いているのが聞こえたが、朦朧としている瞬の聴覚は、もはやその機能を行使できなくなっていた。
触覚だけが異様に研ぎ澄まされていて、氷河の指の動きの僅かな変化をも敏感に感じとることができる。

だが、それもやがて麻痺しかけ──瞬が自分自身を放棄するのに何のためらいも感じなくなった頃、ふいに氷河は、その手の運動を中断した。
「氷河……?」

「今日はこのへんでやめておこう。多分、もうすぐおまえは、普通に・・・なる。安心しろ」
「え……?」

瞬には、それは、思いがけない言葉だった。

氷河の手が、瞬から離れる。
解放されてしまったことに戸惑い、途方に暮れかけた瞬に、氷河は何事もなかったかのように落ち着いた声で告げた。
「服を元に戻せ。大丈夫、見ないから」

抗議の声を、瞬はあげたかった。
こんな苦しい、中途半端な状態で、“治療”を中断すると言う氷河に。
しかし、瞬にはそうすることはできなかった。
氷河の機嫌を損ね、金輪際こうして・・・・もらえなくなることの方が、瞬は恐かったのである。

氷河に言われた通りに、はだけられていた着衣を元に戻す。
氷河に触れられていた部分が痛かった。

「あ……ありがとう……。おやすみなさい、氷河」
泣きたい気分と疼く身体とを無理になだめすかして、瞬は、ふらふらと氷河の部屋のドアに向かった。


「──瞬の奴、本当にわかってないのか?」
氷河の部屋を出た瞬が、そのドアを閉じるのとほぼ同時に、半ば呆れたような呟きが氷河の口から漏れたのだが、それは瞬の耳には聞こえていなかった。





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