自分を叱咤し、我慢して我慢して、瞬はその夜を過ごした。
ほとんど眠れなかった。
『眠れなかった』というより、眠ってしまったら無意識のうちに氷河に禁じられたことをしてしまいそうな自分自身が恐くて、瞬は眠らなかったのである。

だが、その我慢にも限界がある。
瞬は、朝といえる時刻になるのを待って──とはいえ、冬の朝の空には、まだ陽も昇っていなかったが──パジャマを着替える時間も惜しんで、氷河の部屋に赴いた。
まだベッドの中にいる氷河に、彼が目覚めているのかどうかを確かめもせずに訴える。
「氷河、僕、変。苦しい……お願い、続き、して。夜まで待てない……」

こうなることを見透かしていたように──氷河は驚いた様子を見せなかった。
彼は目覚めていた。

「ここに来い」
氷河が、彼のベッドの横の空間を指し示す。

目覚めている氷河の顔を見た途端に、少しばかり冷静さを取り戻して、瞬は、氷河の言葉に従うことを僅かに躊躇した。
だが、そんなためらいより、身体の疼きの方がずっと切実に、瞬を急かしてくる。

「仰向けに横になれ」
恐る恐る氷河のベッドの上に乗った瞬は、氷河の言う通りにした。
すがるように、医師の顔を見あげた瞬に、
「本当に、我慢し通したのか、夕べ」
氷河は、感嘆したようにそう言った。

だが、瞬はそんなことよりも──あの苦痛を耐え抜いたことを褒めてもらうことよりも──もっと別に、氷河にしてもらいたいことがあったのである。
「氷河、早く触って、早く……!」
今の瞬には、それ以外の望みなど何もなかった。

氷河が、まるで焦らすようにゆっくりと、瞬の身体を包んでいるパジャマを取り除く。
氷河に裸身を見られることに羞恥を覚える余裕さえ、今の瞬は持ち合わせていなかった。
氷河に身体を隅々まで観察されることなど、痛くもなければ辛くもないことだった。

「ああ、本当に我慢し通したようだな」
「氷河、早く……っ!」
氷河が何か言っていたが、今の瞬にはそれも雑音でしかない。
瞬が求めているものは、そんなものではなかった。

氷河の手が、瞬に触れる。
「ああ……!」
途端に、安堵にも似た思いが、瞬の全身に広がった。
氷河に何をされるにしても、何もできないまま悶え苦しむよりはましである。
それが新たな苦痛を生むものだとしても、少なくとも昨夜の身体が焼けつくような苦しみからは逃れられるのだ。

瞬が望んだ通りに、氷河の手はすぐに、瞬の上から苦痛を取り除いてくれた。
「ああ……ん、ああ、氷河、もっと」
「……瞬?」
「もっとして、もっと、もっと、触って」
瞬は、氷河の愛撫に酔い、うわごとのようにそれだけを繰り返す。

多分、その時、瞬が欲していたのは氷河の手と指だけで、氷河自身ではなかった。
うっとりしたように目を閉じて、腰を動かしさえしている瞬を見て、氷河は初めて、その事実に気付いた。
それまで瞬のはるか優位にいると思っていた自分が、いつのまか瞬を満足させるための道具になりさがっていることに。
それは彼が自分から始めたことだったというのに、氷河は、その事実に怒りを覚えた。

だが、氷河のそんな憤りに、瞬が気付くわけがない。
今の瞬は、欲しいものを与えられた喜びに全身を浸して、ただ喘ぐことしかできずにいた。
乱暴に両脚を開かされ、膝を立てさせられ、内腿に氷河の髪の感触を感じて初めて、瞬は事態の異常に気付いた。

「えっ !? 」
氷河が何をしようとしているのかを訝る間もなく、それを口に含まれる。
「やだっ!」
慌てて閉じようとした脚を、氷河の手が遮った。

「嫌じゃないんだろう?」
瞬のそれをぺろりと舌で舐めてみせてから、明白に不機嫌な声で、氷河は揶揄するように言った。
氷河のその言葉が事実だったので、瞬は氷河に反駁できなかった。

「あ……」
緩急をつけて瞬を煽りながら燃え立たせてくれる氷河の手は確かに刺激的ではあったが、氷河の舌の感触──やわらかく湿ったそれ──は、また別の陶酔を、瞬にもたらしてくれた。
「ああ……あっ……あっ……あぁん……!」
間歇的に、瞬の喉から、生まれたばかりの子猫の鳴き声に似た喘ぎ声が漏れる。

絡みつくような舌の動きとは対照的に、ともすれば浮き上がりかける瞬の腰と反り返る瞬の胸を押さえつける氷河の手は ひどく乱暴だったが、痛みと快楽の境界線を見失ってしまっていた瞬は、そんなことには気付きもしなかった。





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