「発育不良はおまえの方だぞ、氷河」
「なに……?」

黙り込んでしまった氷河に、紫龍が妙に穏やかな声で言う。
そう言った彼の視線は、ラウンジのドアの前に向けられていた。

「氷河……あの……」
そこに、瞬が立っていた。
よほど慌てて着替えてきたのか、袖のボタンも留められていない。

一気に緊張した顔つきになった氷河を無視して、紫龍は瞬に尋ねた。
「瞬。おまえ、氷河に何をされてたんだ」
「え?」

瞬は、氷河の沈痛な表情に気後れを感じているようだった。
ちらちらと横目に氷河を見やりながら、仲間の質問に答える。
「あの、氷河は、僕がその……僕の身体がおかしくて、あの発育不良なんだって。だからそれを治すのに……」
「今度は俺がやってやろうか」
「え?」

紫龍の思いがけない提案を聞いて、瞬は不思議そうに顔をあげた。
その視線を捉えて、紫龍が意味ありげな微笑を目許に刻む。
「氷河と同じことを」
「あの……」

瞬は、すぐには、紫龍に答えを返さなかった。
厚意からそう言ってくれたのだろう紫龍の気持ちを無にしないための言葉を、瞬は探しあぐねていた。
いずれにしても、それは、断りの言葉に変わりはなかったのだが。
「僕……氷河がいい……」

「俺の方が、氷河よりずっと上手いぞ」
紫龍が、楽しそうに、重ねて言う。
氷河の抗議の視線を、紫龍はあっさり無視した。
そして、瞬は、仲間の厚意を拒む罪悪感に気をとられ、二人のやりとりに気付いていなかった。

「でも、僕、氷河じゃなきゃ……。僕、あの、上手く言えないけど、氷河じゃないなら、僕、治らなくていい……」

「瞬……」
ためらいがちな瞬のその言葉を聞いて、氷河は目をみはった。

瞬は氷河の人格を全く無視してそれ・・を求めているのだと、氷河は思っていた。
だからこそ氷河は、瞬の感度の良さにも腹を立てていたのである。
それが──。

「瞬がおまえを好きでいるなんてことは、見てりゃ誰にだってわかる。わからないのは、自分しか見ていない発育不良の馬鹿男くらいのものだ」
紫龍の皮肉が追従に聞こえるほど、氷河の判断力は混乱していた。

氷河が、これは喜んでいい事態なのだという結論に至ることができたのは、紫龍が、
「本当のことを言って、さっさと謝るんだな」
というセリフを残してラウンジを出ていってから、5分以上の時間が過ぎてからのことだった。





【next】