氷河の父が亡くなったのは、その日から3日後の逢魔ヶ時だった。
氷河は仕事で、父の臨終に立ち会うことはできなかった。
最期を看取った医師と看護婦の話では、意識を失ってからずっと、氷河の父親は脈絡のないうわ言を発していたという。

「罪を喰ってくれ、私の罪を喰ってくれ」
と、幾度も幾度も繰り返し──。


そんな死を死んでいった父親の遺言を果たすために、氷河はこの村にやってきたのである。
創業以来のワンマン企業の中に、氷河は数ヶ月かけて、組織としての意思決定ができる体制を整えた。
氷河としては、父親の遺言実行に必要な長期休暇を手に入れるために断行した組織改革だったのだが、それは社員たちに概ね好意的に受け入れられたようだった。


村長──正式には顔役と言ったところか──宛の手紙は、こんな仙境のような村にどうやら無事に届いていたらしく、彼はにこやかに氷河を迎えてくれた。
おそらく、氷河の父親より10歳は年かさなのだろう。
彼は、氷河の感覚では“小屋”と言うしかないような質素な家に住んでいた。

時の流れに置き去りにされてしまったようなこの村にホテルなどあろうはずもない。
氷河は、彼によって、村の唯一の公共施設──に案内された。

「ここは、学校と村の集会所も兼ねているんですよ。宿泊施設もありまして、おそらく、村でいちばん居心地のいいところです」
と、彼に説明されたその建物の入り口には、白い鳥居があった。
神の領域と俗界との境を示す目印である。


それは、学校どころか神社をも兼ねた施設らしかった。
あるいは、神社の付属施設が学校だったのかもしれない。
小さな村の神社にしては敷地も広く、建物も幾棟もあるようだった。
境内らしき場所に尾長鶏が放し飼いにされているところを見ると、確かにそこは神の社だったのだろう。
鳥は、他界との交流を司る神である。
神社ではよく見る光景だった。

氷河が案内されたのは、その鳥居の手前にある細い道から脇に逸れた場所にある、別棟の建物だった。
鳥居をくぐっていなのだから、神域ではないということになる。





【次頁】