瞬は、呆然として、白い大理石の天井を視界に映していた。

聖域の十二の宮は、もともと生活するための場ではなく、それぞれが一つの砦である。
瞬が身体を横たえているのも、やわらかい寝台ではなく、堅い石の長椅子にすぎなかった。
冷たいはずのその石は、瞬の体温を吸い取って、ひどく熱くなってはいたが。


「どうだ。これが、私の救いだ。私はとても気分がいい。高慢な君を私の玩具にできて」

そんな石などより、冷たい言葉が瞬の上に降ってくる。

「君の言う、生きる目的を見付けた気分だ。“生きる目的”があるというのは、実に楽しいことだな。――キグナスに知られたくないだろう」 

なぜ、急に彼がその名を出してきたのか、瞬はすぐにはわからなかった。
それは、聞き慣れない呼び名でもあった。

そして、その名の指し示す人が何者なのかを思い出した途端に、瞬は泣きたくなった。


「私に貫かれるたびに、彼の名前を呼んでいたよ、君は。繰り返し」

アフロディーテの言葉が、瞬には意外でもあったし、当然のこととも感じられた。
どちらなのか、瞬にはわからなかった。
自分の身に何が起こったのかさえ、瞬はまだ把握しきれていなかったのだ。

「キグナスになった気分だったよ。初めてじゃないんだろう、君の中では」
「僕は……」
「清純そうな顔をして、君は、ずっと待っていたんだ。あの男に組み敷かれる時を」
「僕は、そんなこと……」
「考えたこともなかったというのか?」
「あ……」

思考も身体も感情も混乱したままで、瞬はアフロディーテの言葉にだけ反応して、その答えを自分の内に探していた。

本当に考えたこともなかったのか。

なかったはずだった。
少なくとも、あんな獣じみた交わりなど考えたことはない。
もっと優しい光景を願ったことはあった――かもしれなかったが。


「だが、キグナスでなくてもいいようだ、君の身体は」
「……!」
「皮肉な話だな。心の力だけで聖闘士としてやっていけているような君の身体が、こんなにも――いや、当然なのか……」

身体が痛い。
氷河を受けとめたはずの部分が、まるでいつまでも収まらない火傷を負ったように、重く痛く疼いてならなかった。

「まあ、知られたくないだろうから、黙っていてやるよ。私が望んだ時に、君が私のものになってくれさえするのなら」

「そんな脅迫に、僕が屈するとでも……」
「思うね。どう言い訳もできまい。君は私より強いんだよ。一度は私を倒したんだ。どうして、私の言いなりになる。君が望んだからだと考えるだろう、誰だって。キグナスも」

「あ……」
「君が私の下でどんなふうに乱れて、どんなことを口走ったのかなんてことを、他人に告げ口するような男にはしないでほしいな、この私を」

瞬の横になっている石の椅子に、アフロディーテは意地が悪いほどの余裕を見せながら、腰をおろしてきた。

「……大事にするよ。私は君がとても気に入った。小生意気なことばかり言う口に比べて、君の身体は実に素直で可愛い。苛むには最高のペットだ」

心底から楽しそうに笑って、アフロディーテが瞬の頬に唇で触れる。


「とりあえず、明日もおいで。キグナスに知られたくなかったら」

アフロディーテの哄笑は、もう瞬の耳には届いていなかった。





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