「貴様は屑だ」 瞬の優しさの100分の1ほどの価値もないプライドなどというものにしがみついている男。 「人の厚意をそんなふうにしか受け止められないのなら、瞬の気持ちをそんなふうに踏みにじって、いい気になってるのなら、俺が貴様の命を踏みにじったところで文句は言うまいな」 氷河にとっては、彼こそが、犬畜生にも劣る虫けら以下の存在だった。 「君のようなひよっこ聖闘士が、この私の命を奪えるとでも――」 氷河は、それ以上、アフロディーテの笑いを含んだ声を聞いていたくなかった。 彼の気に障る声を消し去るために、無言で、己れの氷の拳を放ち、そして、次の瞬間、氷河は混乱に陥った。 当然、跳ね返してくるだろうと思っていたその攻撃を、アフロディーテは避けもせずに、正面から受け止めたのである。 彼は、無抵抗で、氷河の拳をまともに身体に受け、そして、そのまま地に倒れた。 「な……なぜだ !? 」 なぜ、そんなことになるのか、氷河にはまるで訳がわからなかった。 無論、氷河は彼を倒すつもりではいた。 その命を奪うことに、いささかの躊躇も感じてはいなかった。 だが、それは、もっと壮絶な闘いの末の結果であるはずだったのだ。 卑劣で、その姿に似合わず醜い性根の持ち主とはいえ、相手は仮にも黄金聖闘士である。 こんなにも、あっさりと、ただの口封じのために放った拳に倒れていいはずがないではないか。 これは、闘いとも言えない。 ただの自殺行為である。 呆然としている氷河の足許に仰向けに倒れた男は、 「誰よりも――私よりも、アンドロメダよりも、君は傲慢に出来ている」 最期の息を惜しむふうもなく、氷河に向かって言葉を紡いだ。 「それは、望んだものを手に入れられる希望のある者の傲慢だ……」 「なに……?」 氷河が反問した時には、アフロディーテは既に目を閉じていた。 「決して私のものにならないとわかっている“生きる目的”など、最初から持たない方がよかったのだ……」 最期に、未練がましく瞬の姿を視界に捉えようとしないことが、彼のプライドのあり方のようだった。 |