「綺麗なものを汚すのは楽しい。醜く愚かな者共はさっさと消し去りたいが」 何が醜く愚かなのかを、アベルはアベルの価値観で決定し、それを全人類に当てはめようとしている。 だから――なのかもしれなかった。 瞬の目に、アベルが邪悪な神と映るのは。 アテナには――沙織には、いつも迷いと弱さがあった。 その、迷う神を、聖闘士たちは愛してきた。 毅然としていながら絶対神ではなく、時に迷い、時に悩む、神の力を持つ少女。 彼女は、人間の心を備えた神なのだ。 そのアテナが、死に瀕している。 愛すべき女神を戴いて、共に闘ってきた仲間たちが、傷付き倒れている。 「どうだ? いっそ、君の仲間たちに君を汚させてやろうか? それで、私は、目障りな君たちを一度に堕落させることができる。どうやら、君を憎からず思っている者もいるようだから、彼はむしろ、私の配慮を喜ぶやもしれぬぞ」 アベルの視線の先にいる一人の仲間の姿を見て、瞬の心臓は一瞬大きく波打った。 「いや、しかし、やはり人手に渡すのは惜しい」 瞬のその様子を意味ありげに見やってから、太陽神が、相変わらず薄い微笑を浮かべたままの唇を、瞬のそれに重ねてくる。 彼を突き放そうとした瞬の力など、ないも同然だった。 瞬の抵抗が児戯にでも思われたのか、太陽神は、瞬にからかうような苦笑を見せた。 「君の命などいらぬ。君がその身を私に差し出すか否かだ」 「アンドロメダ星座の犠牲の姫君。君のペルセウスは来ない。君は、君ひとりで、どうするかを決めなければならない」 「君ひとりの犠牲で、地球ひとつが救われる。君の仲間たちは死なずに済む。どうだ? 破格の条件だろう?」 瞬は、混乱していた。 命なら――命なら、躊躇なく、この残酷な神の前に捧げることができるのに。 なのに、自分の身を汚らわしい罪に染めることはできない。 瞬は、そんな自分が納得できなかった。 そして――そんな自分を自然だとも思っていた。 |