(会わせてみるか、この子をこの子の仲間たちに)

そんな考えが、アベルの脳裡をよぎったのは、彼が瞬を手に入れてからひと月も経った頃、瞬が気を失ったのを潮時に、隣室に移ろうとしていた時だった。

「瞬を綺麗にして、次の間に連れて来い」
天蓋から降りている薄いサテンの帳を払いのけて寝台を出ると、アベルはそこに控えていたベレニケに命じた。

太陽神に一礼したベレニケが、瞬の身体を白い絹で覆い、抱き上げる。

乱れた寝台で寝むのを好まないアベルは、以前は、瞬との歓を尽くした後には、自分だけが別室に移っていた。
瞬の身体が自分を楽しませてくれてさえいれば、瞬の意識の有無など問題にもせずに交接を続けていた。

そうすることができなくなったのは──結局は、彼が、本当に瞬が欲しくなったからだった。
瞬が自分に向けてくる感情を心地良く感じるようになったからだった。


瞬の哀れみには高慢さがない。
瞬は他人を高みから見下して同情しているのではなく、その哀れみは、むしろ、祈りに似ていた。
瞬のその“祈り”を不快と感じて反発するほどの子供でもなかったアベルは、本当の意味で瞬を我がものにすることができたなら、世界を手に入れることができなくても、自分の渇望が消え失せることに気付いた。


(そのためには──)

そのためには、今、瞬の心を占めているものたちを全て追い払わなければならない。


瞬が沐浴のための部屋に運ばれていくのを見送ってから、アベルは部屋を移動した。
次の間に控えていたアトラスとジャオウから、この太陽神殿を囲む結界に対して今日も聖域からの攻撃があったという報告を受ける。

「1人か2人……おそらく、アテナの意思とは無関係でしょう。アテナがそこまで政治的配慮を欠いているとは思われません。血気に逸ったアンドロメダの仲間の仕業かと」

たかが青銅聖闘士ごとき、しかも孤軍奮闘で何ができるとも思えなかったが、しかし、毎日受け取っているその報告が、まとわりつく蝿程度に不愉快なことは事実である。


交合の跡を拭き清められてアベルの許に戻ってきた瞬の思惟の中には、まだ、仲間への思慕が横たわっている。
意識がなくても──瞬の意識がないからこそ、かえって鮮明に──、それはアベルの中に伝わってきた。


瞬がいつまでも昔の仲間を思っているのは──いられるのは──、今の瞬の境遇が、あの金色の髪の聖闘士に知られていないからである。
彼と瞬との間に、決定的な決別が訪れていないからである。

あの聖闘士がいつまでも自分を思っていてくれるかもしれないという希望が、瞬の中にはまだ残っているのだ。

その希望を打ち砕くために、二人を会わせてしまえばいい。

たとえ、瞬の心の内にいるあの聖闘士が、神のものになってしまった瞬を、それでも望んだとしても、瞬は拒むに違いなかった。

瞬は、負い目なく綺麗なままで、彼の前に立っていたいに違いない。
少なくとも、そう思われていたいに違いない。
それが不可能なこととなったら、瞬は、昔の仲間に会うことを二度と望んだりしないだろう。


完全なる決別を与えてやれば、瞬の頼れるものは、今瞬を抱いている男しかいなくなるのだ。








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