「瞬を返してもらう」 アベルの結界は一層狭まり、一層強固になっていた。 氷河と対峙したアベルが、瞬を手許に引き寄せると、身の程知らずの人間に、冷ややかな微笑を向ける。 「残念ながら、その要求は飲めない。君などに渡すくらいなら、この手にかけてしまった方が余程ましだ」 「……!」 アベルの冷然とした宣言に、一瞬、氷河が虚を突かれた顔になる。 「な…何を言っているんだ、貴様は? 瞬を殺す……だと !? 」 それは、氷河には到底──たとえどんな事態になったとしても、思いつきさえしない発想だった。 瞬の命を奪う──などということは。 「私は神だ。たとえ、今、ここで貴様に倒され、この身が滅んでも、再生の意思がある限り、いつかは蘇る。だが、瞬はただの人間。命は、今ある一つきり」 夜の石の宮の中を、アベルの声が静かに渡っていく。 その声は、瞬の耳に、重なり聞こえて、やがて儚く消えていく木霊のように哀しく聞こえた。 「私のものにならないのなら、誰にも渡さない」 瞬は──不思議に恐くはなかった。 アベルが、今彼の手の中にいる非力な人間に、ほんの少し力を送り込めば、確かに自分は死ぬだろう。 だが、恐くはなかった。 非道なことを、激する色もなく言ってのけるアベルの目が哀しすぎて――。 |